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Chickamauga 201064()


先日のバイクの旅で、また千曲川沿いを少し走りました。 千曲川に来ると必ず思い出すのが Chickamauga です。 アメリカ合衆国テネシー州チャタヌーガの町にあるダムとその湖の名前であり、その近く隣のジョージア州になりますが、チカモーガ市です。 読者のみなさんにとってはとてもつまらない話しだとは思いますが勇気をもって書きます。

 

19834月に、会社の仕事で、アメリカのTVA (テネシー峡谷開発公社) など電力会社に原子力発電所向けの放射性廃棄物処理施設の建設の売り込みに行きました。 TVA の本社はテネシー州のチャタヌーガ (Chattanooga) 市内にあります。 この町はかつて鉄道の重要なターミナルで "Chattanooga Choo Choo" (EXILE"Choo Choo Train" ではありませんよ) という歌で有名です。 この町で宿泊はこのターミナル駅の構内に留められた列車ホテルでした。 夕方会社の上司、同僚、合わせて4名で町の立派なレストランへ行きました。 確かアメリカの南部の町にビジネスで出張するのは初めてだったと思います。 何を食べたらいいのか分からなかったのですが、もっともここは鯰 (ナマズ・catfish) 料理が名物ですが、メニューを見ると Ground Beef とありました。 この Ground Beef という英語がなにやら「放牧牛」とか「自然に育てられた牛」というイメージを自分で勝手に描いてしまっていました。 肉好きを標榜する私としては、率先してこれを注文しました。 他の人も私につられて同じものを注文していました。 素晴らしいステーキが出てくるものとばかり思って待っていたら...... なんと生のひき肉の大盛りでした。  

びっくりです。

そこで、よく考えて見たら、 Grind-Ground-Ground Ground であることに気がつき、皆目を合わせて、それぞれ反省しきりでした。 さすがにこれは誰も食べられずウェイトレスに頼んで、火を入れて出しなおして貰って落着した、という笑い話です。

 


テネシー州の名前の由来のオリジナルはタナシ村だそうです。 その縁で東京都田無市(現西東京市の一部)と姉妹都市である、かと思ったらそうではないようです。 ここに16世紀に入植したスペイン人のホアン・パルド(Juan Pardo) がこの村の名前を聞き取って "Tanasgui" と綴って記録したとされています。 スペイン語の発音からすると、これは「タナスキ」となりますが、なぜ "squi" が「シ」になったのでしょうか。 テネシー州は本来「 テネスキー州 (Tenneskee)」 となるべきだったのでは・・・・・・・ 

 

日本語ウィキペディアでは「タナシ村」が「この地に先住するチェロキーの村の名前」であると書かれていますが、英語のWikipedia ではこのタナシ村の先住民は別のマスコギーとユチという民族であって、この民族はヨーロッパ人が持ち込んだ病気で全滅し、その後チェロキーがバージニアから下ってこの地に入って、入植したイギリス人との戦闘 (西部劇) に立ち入ったと書かれており、この方がより確実に思えます。 だから日本語ウィキペディアの「チェロキーの村の名前」という記述は間違いでしょう。

私の友人で極めて専門性の高い学者の方はご自身の分野でウィキペディアを読んで、あれは「嘘ばっかり」と云われますが、ウィキペディアはそう思う人が自由に書き換えることができる「辞書」なので、ここでの記述の間違いとか誤謬を非難するのはナンセンスというものです。


 

この南部の中心、チャタヌーガあたりはテネシー州、ジョージア州、アラバマ州の三つの州の境界に近く、しかも東部標準時と中部標準時が入り混じる (AL中・GA東・TN半分づつ) という日本人にとってはたいへん面倒な地域です。 今どの州にいるのか、あるいはテネシー州のどちら側にいるのかを確認しないと現在時刻が分からないのです。 しかも悪いことに出張したときが夏時間に切り替わるあたりで、またその切り替わる日というのが、現地にいると、いや現地にいるからこそどうもよく分からない。 この時間帯制度の一つだけを取ってもアメリカは広い土地であることを実感しました。

 

その時の TVA とのビジネスがどんな話だったかは思い出せませんが、翌日車でテネシー川沿いに発電所のある土地へ移動中に Chickamauga という地名標識を見ました。 さきほどこれを書き始めて気がついたのですが、ずっと Chickamagua だと誤解していました。 チッカマグワ、チックマガワ、チクマガワ となって千曲川との発音の近似を一人で喜んでしました。 きょうのオチはこれだけです。 もっとも現地の発音は「チカモーガ (chk-môg) 」です。

 

Chickamauga はチェロキーと白人との戦闘 Chickamauga War (1776-1794) と 南北戦争での激闘 Battle of Chickamauga (18639) で有名なのだそうです。 英語では Chickamauga と書きますが、もともとはチェロキーの一部族であったチカマギ (英語では Tsikamagi と書きます) に由来しています。 私達の世代は西部劇で有名な「悪者チェロキーインディアン」は、今では Cherokee Nation など三つのグループが先住民族として認識されています。 現在合衆国では約30万人以上が登録されているそうです。

 

Flag of the Cherokee Nation

 

アイヌについて調べてみたら Wikipedia では Ainu People となっていました。

 

さて、その後ビジネスが上手く行って、TVA の ブランズフェリー原子力発電所 (Browns Ferry Nuclear Plant) から雑廃棄物圧縮減容装置を受注して納入しました。 英語では Compactor と云われる日本国内で製作した大型機械です。 設置と納入は部下に任せたので私が立ち会うことはありませんでした。

その数年後の 1988年になって、今度はバージニア州のバージニア電力 (Virginia Power) の二つの原子力発電所、サリー原子力発電所 (Surry Nuclear Power Plant) と ノースアンナ原子力発電所 (North Anna Power Station) に同時に同じ設計の放射性廃棄物処理施設を受注して、会社から数人のエンジニアがアメリカに駐在して、アメリカの会社に発注した設計と建設工事の監督に当たりました。 現地で設計と調達を行うため、私はメリーランド州のゲイサスバーグ (Gaithersburg) の事務所長として3年間家族と共に駐在しました。 その間に、なんと、前にTVA に納めた圧縮装置を、「もう使わないから撤去してくれ」との新たな注文が飛び込み、急遽その撤去プロジェクトも同時に管理するはめになりました。 1,2年は動かしたと思うのですが、撤去するに当たってこの装置には放射性物質が全く付着していないとの発電所側からの通知もあったところを見ると、どうやらこの装置は本番の稼動をさせてもらえなかった可能性があります。 役に立たない装置を作って納め、またそれを撤去するに十分なお金を貰って、こんな商売ありかよ、という奇妙な気持ちを抱いたことを懐かしく思い出します。 撤去したあと、無償で引き取ったこの大型の機械は即アメリカの別の会社に売り払うことができましたので、これでまた儲かりました。 装置の撤去作業の確認とこの大型機械の運び出しと運搬に立会いました。 運搬する超大型のトレーラトラックでハイウェイを数百キロ同乗させてもらったのも楽しい思い出です。 アメリカの本当のトラック野郎と色々な話をして、彼の自宅に招待されて夕食をご馳走になりました。 このアメリカのトラック野郎はすごいプロ意識をもった紳士でした。

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