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2015年5月15日(金)

更新

横浜市歴史博物館 Yokohama History Museum


きのうに続いて、きょうも地下鉄でセンター南駅へ行きました。 用事を済ませて近くの都筑中央公園の中を通ってセンター南駅へ。 都筑中央公園はこの港北ニュータウンの大規模開発前の雑木林を残して保存しています。 公園の中にローマ劇場を思い出す立派なステージ広場がありました。

 

 

地下鉄電車を一駅乗ってセンター北駅の横浜市歴史博物館で開催されている企画展示「横浜発掘物語」を見ました。 地下鉄も無料、博物館も65歳以上の市民に交付されている「濱ともカード」もしくは70歳以上の市民が交付を受けることができる「敬老特別乗車証」などを提示すると通常 400円の入館料と企画展の観覧料 (300円) が無料です。

 

横浜市内の遺跡発掘物を3万年前から縄文時代以降昭和まで時代順に小学生にもよくわかるように展示してあります。 主なものは縄文と弥生時代の石器、土器・須恵器、古墳時代の埴輪など、それに発掘調査の概要などです。 時間に余裕があったので、ゆっくりとひとつづつ観察することができて、この歳になって遅いのですが、古代の歴史の知見が得られました。

 

一通り展示をゆっくり見てもまだ時間があったので、資料室に入って、さる横浜の歴史上の調べものを思いつきました。

 

私の音楽仲間の友人の中村俊一さんの祖父が明治時代初期の横浜商人だったと聞いていました。 その人は「中村惣兵衛」です。 中村さんは親戚や祖先のことにあまり関心がなく、ただ明治時代の有力商人だったということだけを聞いているとのことでした。 それで、私の方が面白がっていろいろと調べてこれまで知ったことを彼に伝えていました。 以前、西谷浄水場の資料室で「横浜水道百年史」を読んでいたときに中村惣兵衛が横浜水道の建設の出資者の一人だったことを知り、それを伝えました。 中村さんはびっくりしていました。 そして、きょう横浜歴史博物館の資料室に「横浜市史」があったので、それには中村惣兵衛のことがどのように書いてあるのか調べてみました。

 

幕末期から明治初期の横浜商人(綿糸問屋)であり、当時の「横浜」ということは「日本」を代表する経済界にあって、原善三郎、茂木惣兵衛、吉田幸兵衛などと並ぶ超有力者であることが分かりました。 横浜通商会社の頭取、正金銀行 (本店は現在の神奈川県立博物館の建物) の設立発起人・取締役、横浜商法会議所設立発起人・議員、などを歴任しています。 なによりも吉田新田沼地埋立の1870(明治3)年以降の事業請負者「埋立人」の 6人のうちの一人でした。 吉田新田は江戸時代に始まった大事業です。 今、堀割川と呼ばれている横浜市南区の中村橋から磯子区の八幡橋までまっすぐ伸びる運河は、この1870年開始の事業の一部で、水運のために開削して、その土を吉田新田の埋め立てに利用したのです。 莫大な事業資金は中村惣兵衛が懇意にしていたアメリカの貿易商、ウォルシュ・ホール商会 (Walsh, Hall & Company) からの借入れ金と「埋立人」の拠出金で賄われました。 この事業のことが「横浜市史」の第3巻上に「第7節 埋め立て事業と外資導入問題」(pp.329-353) として事細かく記載されていました。 該当するページのコピーを取ったので、中村さんに送っておじいさんの偉業を伝えたいと思います。

 

人の家族の歴史を本人に代わって徹底調査して本人を驚かせるというのはNHK テレビの「ファミリーヒストリー」という番組と同じですね。

 

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