私は今逮捕されて東京拘置所の一室にいます。今年の4、5月頃、私は相模の国の湯河原の山中にいました。時々筆をとってこの書を書き閑つぶしをしていました。まだ完成しないうちにたまたま刑法73条の罪に問われ突如東京に拘置されました。6月1日のことでした。

それ以来裁判所の審理は多忙を極め、未完の草稿は空しく拘置所の保管庫に5ヶ月の間留め置かれていました。11月9日に予審がようやく決定し大審院の公判に附されるとの命令が下りました。したがって私にはまた少しの時間ができました。そこで特別に請求して筆と墨を借りて、監房にあってこの書の稿を続けました。

ただ山中も獄中も、ともに多くの参考文献を求める手段を欠き、広く識者の教示を仰ぐことが出来ませんでした。それに加えて後半の期日が目前に迫り、更に推敲するするための時間が取れなかったために、論究や考証が大まかで不十分であり、順序付けや文章の筆の運び方がまた繁雑で整っていないことを免れません。脱稿した後に1回通読しましたがほとんどが当初考えていたことの半分にも達していないことにおどろきました。これをもって世に問う事は心の中で少なからず恥じいる思いです。

他の方面から考えると私は体が弱く、長い間不治の持病を抱えて牢獄の中におります。もしかして断獄になるかどうか未だに決めこむべきではないけれど、再び太陽を見ることは到底期待することはできません。そうであるならばすなわち本書は実に10年間論じまた著作によって世に立ってきた私の最後の文章であり、したがって生前の遺稿となります。どうして詰らないものとして捨ててしまうことが忍びがたい気持ちが少しでもないといえましょうか。

そのうえ、わが国のこれまでの学者や論客の中に、キリストとキリスト教の研究に携わる人が多いといえども、私の知る限りでは、未だに史的人物としてのキリストの存在を否定して、十字架が生殖器の象徴の変形であることを論断する人を聞いたことがありませんので、本書はこの点においても幸いにも先鞭をつけることができたものであります。しかしながら、叙説が大まかで粗雑でいささか不満足であり、文辞の秩序立てが乱れていることことをひそかに心に恥じるものですが、本書の趣意目的とするところに至っては、ほぼその大綱を呈することができたと信じています。また、この書が世間のキリスト研究に志ある人々のために、多少の刺激や、多少の警醒を与えるに足るのではないでしょうか。そこでこれを表に出して二三の親しい友人に託して敢えて上梓することに決めました。

これは私の最後の文章であり、生前の遺稿であります。ここは三畳の一室で一点の火気もない所で、高く狭い獄窓から差し入る弱い光線をたよりに、病骨をふるいたたせて凍る筆に息を吹きかけてあたためて文案を作った次第です。多くの例を引き、あまねく証拠を示して説明することや、微に入り細をうがち、周到精緻な大著を完成するようなことは、私の目下の境遇では許されないので後の学者を待つことになることをお許し願いたい。

 

明治43年11月20日

幸徳秋水

 

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