| 2017年5月16日(火) |
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老人の身だしなみ
人に会う機会が少なくなって、自分の身だしなみを整えることも少なくなりMから注意される。 履きなれたジーンズの腿の部分がみっともないほど擦り切れていたが、今は「ダメージジーンズ」といってファッショナブルなので新品でも擦り切れ加工したものも売っているし、実際に古い擦り切れたジーンズも高値で取引されているそうだ。 が、おじいさんの「ダメージジーンズ」は「だめじいジーンズ」だと言われる。 ということで、きょうはジーンズを新調するために、またウォーキングエクササイズのために東戸塚のユニクロまで行ってきた。 近くの六ッ川のユニクロは閉店して薬のクリエイトになったことはすでに書いた。 Mは一本買うつもりっだが私は面倒くさいのでついでということで2本。 今はサイクルの上昇期にあるので、今日買ったサイズはもうこれ以上は許されない上限の33(84cm)。 ベルトも昨年の父の日にプレゼントされた上等なブランドものは長さが足りなくなって、今は自分で買った安いものを使っているが、安物ゆえに穴の部分が傷んだので買い換える必要がある。 頭の禿具合はこの10年ほどは後退が止まっているようだが、髪の毛が細くなって油を付けてセットしても長く持たなくなり乱れていることが多く、これもMから注意される。 その注意への私の反論である。 大学生時代に産経新聞の社会部でアルバイトをしていた時に、毎日連載小説の原稿運びをやっていた。 作家の家に行くと、ぼさぼさの頭に無精ひげのみっともない姿の作家のおじさんが出てきて、駄賃のたばこと一緒に大き目の封筒に入った原稿用紙の束を渡してくれた。 後に知ったのだが、この作家は司馬遼太郎で運んだ原稿の小説は「竜馬がゆく」だった。 その司馬さんでさえも家にいるときはぼさぼさで無精髭なのだから、私だって家にいるときは身だしなみを整えなくてもいいではないか、と。 ちょっと違うか。
原稿を取りに行った家は近鉄奈良線の小阪駅近くの一軒家で、ときどき本人に代わって奥さんが原稿を渡してくれた。 この人がみどりさんである。 調べてみると「竜馬がゆく」の連載が始まったのが1962年6月からであるが、Wikipedia
によると小阪に引っ越したのが1964年とあり司馬遼太郎41歳だから私が見た作家は老人ではない。 この場所は今周囲を広く含めて司馬遼太郎記念館になっている。 記念館のホームページに掲載されている旧司馬邸玄関の写真は、私が原稿を取りに行った家とは違うような気がするが、なにせ当時まだ司馬遼太郎なる作家を知らず興味も関心もなかったから記憶が定かではない。
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