| 2017年4月5日(水) |
更新
 |
追悼
私の数少ない親友の一人である小学校同級生の新谷芳粋君が先月亡くなった。

1955(昭和30)年頃 小学5年か6年
豊中駅前の「新幸薬局」の息子で、毎年のクラス会では、1970年頃の結婚後は食うや食わずの超極貧生活だったことを話題にしていた。 クラス会では決して自分の仕事の話をしたことはないが、私が調べたところ、1978年、35歳の時に知人のサポートを得て一念発起して阪急石橋駅近くにテニス用品の店を開き、順調に業績を伸ばし、スポーツクラブの運営も手掛けて成功した。

IT会社に勤めていた息子の力を借りて2005年にインターネット通信販売を開始して大当たり。 さらに会社は大きくなった。 数年前に会社の経営を息子に譲った。 その息子のミャンマーでのビジネス展開が先日3月31日のNHKの「おはよう日本」で紹介された。 同様の内容は別のNHKの番組「ルソンの壺」でも紹介されていた。
新谷君はほぼ毎年開いていた小学校のクラス会の幹事を務めて皆を繋いでいてくれていたが、この数年は闘病で人に会うのを避けてクラス会にも顔を出さなくなっていた。 昨年の3月に私が幼稚園の同窓会で豊中を訪問した際に、同窓会の日の朝に無理を言って家から出てきてもらい豊中駅前のカフェで二人でしばし歓談したのが彼に会った最後になった。 コーヒー代を支払ってくれたので返せない借りになってしまった。
|