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自宅より撮影

 

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2017年10月

17日(火) 模倣の時代 (その2)
14日(土) 模倣の時代
8日(日) 七生緑小学校 Nコン五連覇
5日(木) ポトフ
4日(水) 浅草 鮒金

 

2017年09月

30日(土) CPE バッハ シンフォニア
23日(土) スニーカーアウトソール喪失・発見
22日(金) 東京合唱団の「ヨハネ受難曲」(1977)
16日(土) アルコ8ミリカメラ 全機種収集完了
14日(木) 墓参
5日(火) 無題
4日(月) セサミン続き
3日(日) セサミン

 

2017年08月

31日(木) 定期検診
26日(土) 立命館パンサーズ まず1勝
24日(木) 水泳 1,000m
23日(水) 変則II 周回
22日(火) 変則周回
21日(月) 放射線疫学調査
20日(日) 朝夕2回ウォーキング
19日(土) 集中豪雨で浸水
17日(木) ハートレートモニター
16日(水) ヤマハ MDP-5
15日(火) ジョギング併用
13日(日) メタボ改善せず
11日(金) 雨に歩けば
8日(火) 「チェコ便り」完結
3日(木) 体重 5.1kg 減少
1日(火) チェコ便り

 

2017年07月

31日(月) エクササイズ効果
28日(金) おしごとたいけん in 横浜タカシマヤ
26日(水) テラスモール湘南
23日(日) 早朝の児童遊園地
21日(金) 「チェコ便り」整理
20日(木) 駐輪場での出来事
19日(水) チェコ便り
18日(火) 「シラカバ」風カツサンド
17日(月) MKさん
15日(土) カツサンド万歳!
14日(金) やれやれ、一安心
7日(金) 遅発性筋肉痛
6日(木) ジョギングできた
4日(火) 一日人間ドック
1日(土) 三食外食

 

2017年06月

29日(木) 午後の児童遊園地
27日(火) 藤井四段の快挙
25日(日) ヤマハフルートライブ
24日(土) ルートラボ
23日(金) 待ってました、というように
21日(水) 無題
19日(月) 挨拶無用
18日(日) フルート調整
17日(土) 交通違反をしてしまった
14日(水) 同窓会名簿管理
12日(月) アナクロビジネス・Windows更新
10日(土) 山手西洋館
7日(水) FUJITA-8 ・ 高齢者講習
4日(日) 中学校同期同窓会
1日(木) ドコモ契約変更

 

 

 

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2017年10月17日(火)

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更新

模倣の時代 (その2)


またヤフオクで珍しい8ミリカメラを発見して落札した。 私はこれまで日本製ばかりでなく世界中の8ミリカメラ (ゼンマイ式のダブル8でDマウントに限る) をありとあらゆる情報源を使って調べて、日本製はほぼ集め尽くしたと思っていたが、この 「Power 8A」 は全く未知の機種だったのでコレクターとして喜びもひとしおである。 私の「8ミリカメラコレクション」に No.85 として登録した。

 

 

本体横に、"Sanyo Kogaku Kikai Co., Ltd." "Made in Japan" とあるのでまぎれもない日本製の8ミリカメラである。  この社名を頼りにインターネットで調べたところ、この会社は 1937年から1959年まで別の社名で存在した会社で戦前からスプリングカメラ、戦後は35mm版のカメラを製造していたよく知られた会社であることが分かった。 "Sanyo Kogaku Kikai" と称していたのは 1959年だけなので、この Power 8A も 1959年に製造・販売されたものと考えられる。 全く同じ機種に Azomax 8A というモデル名がついたものも見られる。 

 

 

入手した 「Power 8A」 に付属されているレンズには 「Azomax Power」 と記載されている。 「Azomax」 という名前の由来は不明である。  本体には「財団法人日本写真機検査協会」 (JCII 現・一般財団法人 日本カメラ財団) の輸出検査済み票が貼付られているので、この個体は輸出されたものがまた日本国内に戻ってきたもののようだ。  

 

この8ミリカメラの設計と構造を見ると極めて安直で粗雑な作りである。 私の数あるコレクションの中でもワーストワンである。 殊にこの直前に入手した Tsugami-8 が必要以上に頑丈且つ実直に作られているだけにこれはその対極にあるといえる。  これが軽機械製品、特にカメラなど欧米への輸出で経済復興を遂げた戦後日本の実態である。 安かろう悪かろうの「Made in Japan」カメラが欧米で受け入れられるように改善されたのは JCII (日本写真機検査協会) の存在とその果たした成果が多分に寄与している。 この「Passed」シールは黄門様の印籠の役目だった。 現在でも外国人観光客がぶら下げるカメラにこの「Passed」のシールが貼られているのをよく見る。

 

この会社の沿革は次の通り。

 

1937

昭和12

本鳥写真機械工業所

1939

 セミコンドル、コンドルシックス

1943

昭和18

本鳥光学機械工業所に変更

1950

昭和25

東京精機(株)に変更

1951

 セミロケット (セミ版カメラ)

1952

 ドリス (セミ版カメラ)

モトドリの「Dori's」から

1955

昭和30

ドリスカメラ(株)に変更

1957

昭和32

コンドルカメラ(株)に変更

Condor (35mmカメラ)

Nikon S2 にそっくり

1958

Condor 2S

前面にロゴ

1959

昭和34

サンヨー光学機械(株)に変更?

会社名の漢字不明

Condor V2

ファインダー設計変更

Condor IIIS

Condor 2Sと同じ?

Avigo

距離計なし

Rafuray

Avigoと同じ

Azomax 8A (Power 8A)

8ミリカメラ (輸出専用か)

1959

解散

 

1957年に発売された 35mmカメラの 「Condor」 は外観が 「Nikon S2」 にそっくりなので当時いろいろと取りざたされて訴訟になったそうだ。 どれほど似ているか下の画像で比較。 Nikon S2 は Zeiss Contax II を真似て作ったものではあるが、フォーカルプレーンシャッターでレンズ交換方式の堂々たる極めて高価なカメラであるが、Condor は レンズ固定式、レンズシャッターの廉価カメラだった。

 

Condor (1957)

定価 16,800円

(現在の 95,000円相当)

ニコン S2 (1954)

定価 83,000円

 (50mm F1.4付)

(現在の 490,000円相当)

Contax II (1936)

 

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