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模倣の時代
(その2)
またヤフオクで珍しい8ミリカメラを発見して落札した。 私はこれまで日本製ばかりでなく世界中の8ミリカメラ
(ゼンマイ式のダブル8でDマウントに限る)
をありとあらゆる情報源を使って調べて、日本製はほぼ集め尽くしたと思っていたが、この
「Power 8A」
は全く未知の機種だったのでコレクターとして喜びもひとしおである。 私の「8ミリカメラコレクション」に
No.85
として登録した。
本体横に、"Sanyo
Kogaku Kikai Co., Ltd." "Made in Japan"
とあるのでまぎれもない日本製の8ミリカメラである。 この社名を頼りにインターネットで調べたところ、この会社は
1937年から1959年まで別の社名で存在した会社で戦前からスプリングカメラ、戦後は35mm版のカメラを製造していたよく知られた会社であることが分かった。 "Sanyo
Kogaku Kikai" と称していたのは 1959年だけなので、この
Power 8A も 1959年に製造・販売されたものと考えられる。 全く同じ機種に
Azomax 8A
というモデル名がついたものも見られる。
入手した
「Power 8A」 に付属されているレンズには 「Azomax Power」
と記載されている。 「Azomax」
という名前の由来は不明である。 本体には「財団法人日本写真機検査協会」
(JCII 現・一般財団法人 日本カメラ財団)
の輸出検査済み票が貼付られているので、この個体は輸出されたものがまた日本国内に戻ってきたもののようだ。
この8ミリカメラの設計と構造を見ると極めて安直で粗雑な作りである。 私の数あるコレクションの中でもワーストワンである。 殊にこの直前に入手した
Tsugami-8
が必要以上に頑丈且つ実直に作られているだけにこれはその対極にあるといえる。 これが軽機械製品、特にカメラなど欧米への輸出で経済復興を遂げた戦後日本の実態である。 安かろう悪かろうの「Made
in Japan」カメラが欧米で受け入れられるように改善されたのは
JCII
(日本写真機検査協会)
の存在とその果たした成果が多分に寄与している。 この「Passed」シールは黄門様の印籠の役目だった。 現在でも外国人観光客がぶら下げるカメラにこの「Passed」のシールが貼られているのをよく見る。
この会社の沿革は次の通り。
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1937
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昭和12
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本鳥写真機械工業所
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1939
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セミコンドル、コンドルシックス
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1943
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昭和18
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本鳥光学機械工業所に変更
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1950
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昭和25
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東京精機(株)に変更
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1951
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セミロケット
(セミ版カメラ)
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1952
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ドリス
(セミ版カメラ)
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モトドリの「Dori's」から
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1955
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昭和30
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ドリスカメラ(株)に変更
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1957
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昭和32
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コンドルカメラ(株)に変更
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Condor
(35mmカメラ)
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Nikon
S2 にそっくり
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1958
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Condor 2S
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前面にロゴ |
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1959
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昭和34
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サンヨー光学機械(株)に変更?
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会社名の漢字不明
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Condor
V2
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ファインダー設計変更 |
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Condor
IIIS
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Condor
2Sと同じ? |
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Avigo
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距離計なし
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Rafuray
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Avigoと同じ
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Azomax
8A (Power 8A)
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8ミリカメラ
(輸出専用か)
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1959
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解散
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1957年に発売された
35mmカメラの 「Condor」 は外観が 「Nikon S2」
にそっくりなので当時いろいろと取りざたされて訴訟になったそうだ。 どれほど似ているか下の画像で比較。 Nikon
S2 は Zeiss Contax II を真似て作ったものではあるが、フォーカルプレーンシャッターでレンズ交換方式の堂々たる極めて高価なカメラであるが、Condor
は
レンズ固定式、レンズシャッターの廉価カメラだった。
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Condor
(1957)
定価 16,800円
(現在の
95,000円相当)
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ニコン
S2 (1954)
定価 83,000円
(50mm F1.4付)
(現在の
490,000円相当)
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Contax
II (1936)
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