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持て余している時間を、高校で長く使われている歴史の参考書である山川出版社の「詳説・世界史研究」、「詳説・日本史研究」、それに会社勤めをしていたときに定期購読で購入した「岩波講座・世界歴史」「岩波講座・日本歴史」のシリーズを拾い読みして、潰している。 読んだことを記憶しておく必要がないのと、何度読んでも頭に入らないので、同じところを繰り返し繰り返し読んでいる。 就寝前にベッドの上で読むと、数行で眠りにつける。 老人の睡眠導入剤にはもってこいである。
山川出版社の参考書はかなり分厚い本であるが、これを高校生たちは必死で読んで覚えて「試験」に備える。 可哀想だともまた無駄だとも思うが記憶能力の上達の訓練になっているのだろう。

学校の「歴史の教科書」は「支配者の変遷」「事件の記録」の記述に偏り過ぎていて面白くない。 さらに古代から現代までの期間のすべてにわたって平均的に覚えなくてはならない。
10年ほど前はまだいろいろなことを覚えようとして、こんな図まで作っていたことをすっかり忘れていた。

学校を卒業してからの「歴史の勉強」はすべての時代を通して記憶することから開放されて、その必要がなくなるが、だからといって、関係ないこととして忘れてしまうのではなく、改めて「それを考え」そして「どう生かすか」につなげていける。 私は先が短いし、社会との接点がほとんどないので、社会生活に生かすことはできないが、今の自分にどう生かすか、となる。 孫に「私はこう思うよ」と話して、孫がどう受け取るかの反応を見るのを楽しみにしている。
最近の小学5年生の孫に岩波の「大航海時代叢書」があることを教えたら、さっそく手に取って、第1巻の冒頭に「コロン」「マガリャンイス」の記述を見つけて大はしゃぎした。 最近テレビでその話を聞いたばかりだったから。 私たちが「コロンブス」「マゼラン」と習った人たちである。 そこで私の頭の中で「文部省検定」という言葉が蘇った。 政府が人々に本来自由であるべき個人の歴史観を強制的に「右に倣え」を強要している一例であると思う。 孫にはそんな話はしていない。
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