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ヴィンテージクラシックギター ヤマハ No.100 2007年5月31日(木)
逮捕されても 2007年5月29日(火)
世間が騒いでいる自殺したあの人の話ではなく自分の話。
裁判員制度が導入されようとしているが、私は、「辞退」というより、拒否して、逮捕され、拘置され、起訴され、有罪になり、収監される道を選ぶ、と強いことを言っている。
もっとも、候補として選ばれる確率は極めて低いし、審査で撥ねられ、あるいは、「運悪く(運良く)」選ばれて、「かっこよく」拒否しても、「ああ、○○さん(私のこと)は呆けているいるから無理だわ」 と 「選任猶予」され、あるいは、たとえ呆けがばれなくても、警察も動かず、検察も動かず、裁判所も動かず、結局「逮捕・有罪・収監」「願望」はそのずっと手前で却下されるだろう。
「60年安保」は若すぎて、「70年安保」は遅すぎて、これまでは一度も「反権力闘争」に加わらず、ひたすら「高度経済成長」に加担してしまった「引け目・負い目」世代の「夢想」。
世界の言語では 2007年5月28日(月)
27日の疑問に応えて:
ヘンデルさんの誤解 2007年5月28日(月)
詩篇150-3の「ラッパ」が bucinae であるとすると、ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル(ジョージ・フレデリク・ハンデル)さんの「メシア(メサイヤ)」で有名な 「The trumpet shall sound,」 の「trumpet」は果たしてなんであろうか。 この歌詞の原典はずっと新しく、「新約」の「ヨハネ黙示録」、第8章 「第七の封印」と「七人の御使」(翻訳は日本聖書協会による)であるが、そこに書かれている内容は「神がイエス」に与えたものとジョンさんは言っていることになっているので、イエスの時代(約2000年前)に真ちゅうの「トランペット」があって、「神といわれる方」がその楽器に関心をもっていたとは、思えませんよねぇ、、、、でも神がトランペットを吹いていたとしたら、こんな感じかな。
とするとヘンデルさんは当時 (18世紀初頭)の英語の翻訳に「trumpet」とあるのを見て、ヘンデルさんは音楽家だから、当時の真ちゅう製のコルネット(無弁のトランペット、だから倍音だけ、しかも全音階を出すために高音域になっているのでトランペッティストを悩ませ、聴衆を楽しませ(ハラハラ、ドキドキ)、鼻を高くさせる。その高い鼻は無弁でやってこそ本物)を使うように考えてあの曲を作ったことになる。 誰が聞いてもあの旋律はこの真ちゅう製の楽器でしかあり得ない。 と、するとヘンデルさんは「ヨハネ黙示録」にある bucinae という楽器を知らなくて、翻訳を読み間違えて、というより、穿った見方をすると、そんなことは百も承知で、実は、効果(賢明な読者にはお分かりでしょう)を狙ってあえて真ちゅうの「trumpet」を使ったのではないかという、新たな疑惑が生じてきた、ぞ。 もっと調べよっと。
あれっ、この「本質」を曲げても「効果」を狙うという「手法」は、23日に書いた「リーズナブル」の手法と同じではないか。 騙されたのは私だけかぁぁぁ ヘブライ語では 2007年5月28日(月)
一昨日、昨日につづき、しつこく詩篇150-3。 古代ヘブライ語 (Paleo-Hebrew before 250B.C.) は次のようになっていました。
右から左へ上の段から下の段へ読んでください。 最初の鍬の形の字はラテン文字(ローマ文字、ローマ字、アルファベットの一種)ではHです。次のGか6みたいな字はLです。 Yのような字はVです。 だから、最初はHLLVHV となります。 「(神を)褒め称える」という意味です。 Alleluia は HLLVYH の音訳です。 これに似ていますね。
これでは私にも読者にもまったく分からないので、こちらの現代ヘブライ語や英語で書かれた出典のウェブサイトページのコピーを見てください。
この中にラテン語で bucinae と出てくるのがより原典に近い。そこでこの bucinae を手がかりにさらに調べると、ありました、ありました。 こちらへどうぞ。 ここには、動物の角を使ったホルン (bucinae) と真ちゅうで作ったホルン(トランペット) (cornu) を混同しないで、、と書かれている。
ラッパの声 2007年5月27日(日)
昨日、「トランペットの音」と綴ったら、案の定(というより、引っ掛け問題)、どこかの物知りさんから、詩篇150の3は、「トランペットの音」ではなくて「ラッパの声」であるとのご指摘をいただいた。 だから言ったじゃないの、これは日本語のお話じゃないのだよ、と。 聖書はその言葉が大切とはいえ、なにも権威付けされた日本語訳でなければ、この福音は伝わらないわけではないだろうに。 さて、「トランペットの音」、この輩のおっしゃる「ラッパの声」であるが、とりあえず、英語の各聖書を集めてみると次のようになっている。ご参考までに。
ドイツ語やフランス語の各聖書、それにアジアの国々、中東の国々、ラテン諸国の聖書では、どのように書かれているだろうか。 この詩篇は「旧約」であるので、イエスと呼ばれる人が生まれたとされる頃より早く作られたとして、ここで言われている2000年以上前の trumpet とは、ram's horn と訳した人もいるからおそらく牡羊の角でできていた、ホルンやほら貝のようなものだったと推測される。ヘブライ語ではなんと書かれているかは調べていないが、この第150篇に出てくる他の楽器も、読む人にそのイメージが伝わるようにしたほうがいいかとも思う。 「ラッパ」ではあの「進軍喇叭」を思い出す人が多いのではないだろうか。しかし40歳より若い人には「ラッパ」ではなんだか分からないかも知れない。 「トランペット」でもあの真ちゅう製のバルブのついた現代トランペットを思い浮かべるだろう。 ここでは、「角笛」がいいかも知れない。 この第150篇に出てくる他のいろいろな楽器もいずれ調べて見ることとする。
詩篇150 トランペットの音で主をほめたたえ 2007年5月26日(土)
カタール通信
No.56 (96/08/17 16:00) 自転車ロードレース練習仲間のジョーに彼の教会でのミサに招待されたので行って来ました。 いやあ驚きました。 フィリピンのキリスト教だからカトリックだと思っていたらそうではなかった。 Born Again というキリスト教福音派 (Evangelical) プロテスタントの一派です。 「教会」の建物は普通の家を借りて、三つの部屋をつないで使っています。 だから外から はキリスト教の教会とは見えません(「教会」とは「あの教会の形」をしていると思っているのは自分の先入観であったことに気がついた)。 それだけではなく、なにに驚いたかというと、自分では良く知っているつもりの「ミサ」というもの、あるいは「キリスト教の礼拝」というもの、について、私の貧弱なキリスト教の知識が簡単に打ち砕かれたからです。
この「教会」での「礼拝」はまるでディスコとカラオケです。
一つの部屋はロックバンドと同じ楽器構成のバンドが陣取って、既に音が出されており、三々五々集まってくる信者の人たちは思い思いにそのバンドにあわせて、ディスコ然とした歌を歌い、ステップを踏んで踊っているではないですか。
アメリカの黒人社会のキリスト教会のはなんていったっけ?
ゴスペルだ。 それを思い出させる光景です。
これはフィリピン人のグループなので、歌もタガログ語と英語のちゃんぽんです。
フィリピン人同士はタガログで話します。
ミサの時間になっても、やはりこの派手な歌と踊りが中心で、その歌もおそらく彼らの讃美歌なのでしょうが、私にはディスコ音楽としか聞こえません。 いいかげん皆で歌った後は今度はカラオケです。
ちゃんと正装した人たちが順繰りに、司会者に促されて、それぞれロックバンドの伴奏ではやり讃美歌なのでしょう、前に出て歌います。
これが5人位続きました。
この人たちが歌っている間会衆は盛んに拍手を送って歌い手を励ましています。
聖書の詩篇第149篇で「新しい歌を歌って神をほめたたえよう」とあるそうで、このグループはこれを守っているようです。 この日はドーハでの試合に来ているブラジルのサッカー選手5人も加わって、国際的な雰囲気にあふれていました。ここに集まっている人たち(40人位)の半分はおとといのジョーの誕生パーティに来ていたので、皆私を知っていて大歓迎してくれ、私は客人として祭壇前に引き出されて「神父さん」がみなに紹介してくれました。 このあきれるばかりの明るさでの歌と踊りは、詩篇の最終第150篇で、「神をほめたたえよう、トランペット、シンバル、笛、ハープ、
と踊りで」、がその後ろ盾になって居るのだそうです。
またその外の聖書の言葉で、「歌おう、踊ろう、ジャンプしよう。
そうして神をほめたたえよう」が繰り返されます。 このグループは聖書だけが頼りで、その外の一切のものを拒否しています。
だからキリストの像もないし、マリア像もない、会堂の中は何にもありません。 この
Born Again とは、Spiritual rebirth
という意味で聖書の終わりの方の最後のところに出てくるのですが、ジョーの属しているこの福音派のグループは日本では何という名前なのだろうか。 福音派にもいろいろなグループがあるし、キリスト教の会派といえども決してグローバルなものばかりではないだろう。 参加していたブラジル人選手たちがどういう訳でこの「教会」に来ていたのかは聞きそびれたが、彼らもちょっとびっくりしていたことを付け加えておきます。 このグループのフィリピン人はみな「くそ真面目」で純真で、またジョーによると、このグループのフィリピン人は「ノーマル」な人達で、決して大きな会社のマネジメントだとかのような人は入っていないのだそうです。 確かに皆質素で、互いに助け合っているのが良く分かりました。 教会の維持費や活動費もグループの信者が出し合っているのです。 このようなフィリピンの教会グループがドーハには10くらいあって、それぞれに活動しているようです。 カトリックの人たちはアメリカンスクールやイギリス学校の中にあるカトリック教会へ行くそうです。
ついでに、インド人秘書のUNさんの優秀さは何度も報告しているけれど、今度来た新しいフィリピン人女性秘書のGZさんはこれまた大変優秀です。
日本のエンジニアに匹敵する鋭さです。
コンピュータをフルに使って、図書の管理とファイリングするシステムを自分で開発して、駆使しています。
横浜でもこれが出来るのはほんの数人しかいません。
ましてや女性では皆無です。日揮の横浜だったら、おそらく女性のマネージャになれると思います。
なんでこんなにいい人たちばかりが私のところに集まるのだろうか。
おっと、「私の目が高いと言わせたいのでしょう。」といわれそうだ。 2138 2007年5月24日(木)
私のこのウェブサイトのURLに使っている「2138」は意味のある数字である。たいていの人は「ははーん、○○さん(私のこと)なら」と気がついているはず。 といっても私の車の番号という訳ではない。それはさておき、この選ばれた2138という数字でネット検索しても、このウェブサイトはロボット検索にかからないようにしてあるので、でてこない。 もっともGoogle で私の名前 で検索すると、いろいろ出てくるので試してもらいたい。同じようにあなたの名前を検索すると、知らないうちに、とんでもないところにあなたのことが出てきます。
さて、Googleで「2138」を検索すると
(株)ウェブドゥジャパン。ヘラクレス市場に上場しているこの会社の株式証券コードが2138である。 ルネサステクノロジーというコンピュータ関連メーカのマイクロコンピュータの製品番号H8S/2138グループ Philips社の大容量フラッシュメモリーを搭載したマイクロコンピュータ LPC2138 ドイツのヴェーエムエフ(WMF)社の調理用圧力鍋 6.5L 018WF-2138 ハピネットという会社が作っているDVD「拳銃無宿」定価3,675円の製品番号 IVCF-2138 バンダイビジュアルという会社が作っているDVD「テニスの王子様 Vol.43」定価3,072円の製品番号 BCBA-2138 長島健二朗歌唱のシングル 春告草/ふたりの出逢い(日本クラウン) 定価1,200円の製品番号 CRSN-2138 がまかつのエアベスト(自動手動膨張) GM-2138 メガニクス(株)の電子部品バナナプラグ 2138シリーズ ビルマ品種のイネのHO番号 2138 (九州大学 米のデータベース) 天然石鹸の通販会社ソーププロスパーのギリシャのPatounis(パトーニス社)の手作りオリーブ石けん グリーン 120g 定価630円 のモデル番号 2138 Numerical Soil Air Flow Model 略称 AIR 化学物質環境動態モデルデータベース モデル番号 2138 アメリカ合衆国上院議員 Richard T. Moore 上院議員番号 2138 日吉遺跡 滋賀県文化財学習シート 遺跡編 シート番号 2138 TOMIX Nゲージ 国鉄ED61形電気機関車(茶色) 定価5,460円 TOMIX 2138 カラーレーザープリンタ Lanier 2138 蟹 VISUAL SUPPLE 作品番号 VS-2138 EVA AIR 台北路線 台北16:30発〜関空20:00着 火・水・金・土(夏季は 火・金) BR2138 US Code 2138 35 U.S.C. 102(g) [R-3] - 2100 Patentability アメリカの公的機関のHPにスペルミス発見!!! 東洋鋼鈑地位保全仮処分申請控訴事件 東京高裁−昭和47年(ネ)第2138号 Glidein Factories - Condor Week 2007 USCMS(The Compact Muon Solenoid) Document 2138-v1 U.S. Fish & Wildlife Services FWS Forms 3-2138 "Informal Audits - Appendix B" US Code 2138 42 USC Suspension of licenses during war or national emergency 京橋千疋屋・プレミアムフルーツケーキ 2138 定価 10,500円 Invicta
Tessio Watch 2138
リーズナブル 2007年5月23日(水)
最近若者たちが「格安の」という意味で使っている「リーズナブル」の元の英語の 「Reasonable」 は安いという意味ではなく、文字通り、「妥当な」とか「相応の」という意味である。 「安いものは安いなりの理由があり、高いものは高いなりの理由がある」という場合に使う言葉である。 だから、特別に高級なレストランで食事をしたあと、勘定書きを見て内心驚いて後悔したとしても、そこは悟られないように、「うーむ、なるほど、Reasonableだ」と、はぐらかす時にも使われる。今日テレビを見ていたら旅行の安売りで知られるエイチアイエスのコマーシャルで、とりわけ格安のパック旅行に対して若い二人の男が繰り返し繰り返し「リーズナブル」、「リーズナブル」と絶叫している。 極めてラジカルで知られるこの会社は意表を突いて、価格の安いのにはそれなりの意味があることを正直にして暗に、はやりの言葉で伝えているのだ。 これでは公取もオンブズマンも手も足も出せまい。 大きな不満を持ってこの旅から帰ってきて文句を言っても、「♪♪♪ 〜〜だから言ったじゃないの、〜〜バカネ〜〜♪♪♪」。 まことにリーズナブル。
甲斐の猿橋 2007年5月21日(月)
「日本三奇橋」は安芸の「錦帯橋」、祖谷の「かづら橋」(他の橋とするものが多い)、それにこの甲斐の「猿橋」だそうだ。NHKBSハイビジョンとBS2で毎朝実況中継で放送している「街道てくてく旅」は一昨年の東海道、昨年の中山道につづき、今度は甲州街道で、スケートのオリンピック選手の勅使川原郁恵さんが歩いて報告している。先週の放送で猿橋を見て、妻が是非見たいというので出かけた。 とても良い天候で、相模湖から国道20号線(甲州街道)に入った。 1947年(昭和22年)に相模ダムができるまで、人々はこの湖に沈んだ街道を歩いていた。 「大月に至る桂川沿いの国道20号線は車の数もすくなく、新緑が映える楽しいドライブルートである。 できるだけ古来の甲州街道を通りたいという気持ちはあるが、自動車で移動するので叶わない。 猿橋は猿が手をつないで谷をわたったのをまねて作られた「刎ね橋(はねばし)」の構造が珍しいとして、国の名勝に指定されている観光スポットである。現在の橋は1984年に架け替えられたもので、昔の橋の構造(大きな木材を地中に埋め込んで重ねていく手法)ではなくH型鋼材に板をかぶせてその外形だけを模造している。この「擬似再現手法」は、もう一つの奇矯である祖谷のかづら橋が、ワイヤを隠していかにもかづらを編んだように見せているのと同じである。 猿橋の極めて狭い谷のすぐ上流が広々としている川原で、その一変する地形は異様であるが、この地点が溶岩流の最先端部であるとのことで納得。 近くでは溶岩の柱状節理が水流で侵食され断面に露出している。
除雪機 2007年4月8日(日)
住んでいるマンション(185戸)の自治会長をしている。 年度初頭に計画した今年度の防災機器と防災備品の整備と補充が実行できなかったことを自治会の定期総会に報告しようと役員会では合意していた。しかしながら、決算案と次年度の予算案を作成するうちに、防災計画に従って横浜市からすでに受領している防災活動補助金は、この計画を実行しないと返却しなければならないことに気がついた。防災機器と備品はいずれにしても整備して補充が必要であり、せっかく公的な補助金を支給されているいるのにこれを使わない手はないと考え、急遽、整備補充計画を作成して、改めて役員会に諮って同意を取り付けた。 前から必要であると考えていた発電機は近くのホームセンターで安く買うことができた。 除雪機も購入した。このあたりは2,3年に一度10センチを超える大雪に見舞われる。その雪を放置すると寒い日が続くと通路や歩道の日陰部分が1週間ほども解けないで大変困ることになる。 横浜市という都会では雪が積もってもみな知らんぷりであるが、いつごろからか私は大雪の朝は平型スコップを使って通路や駐車場のの除雪をすることが楽しみになっていた。 マンションの周りの広い部分にわたって作業するのは大変な労力ではあるが楽しいから苦にならないが、翌日は体中の筋肉が悲鳴をあげる。そこで家庭用の除雪機があればこの作業は楽なばかりでなく楽しいに違いないと考え、購入した次第である。横浜市内で除雪機を持っている家庭やマンションはおそらくないか、あっても極めて少ないであろう。今年は異常な暖冬で雪は全く降らなかったが、来冬が待ち遠しい。 除雪機が防災機器か? 凍った雪でスリップして転倒するのは立派な災害である。地震や火事だけが災害ではない。身近なところに意外な頻発する災害が潜在する。
観音崎砲台 2007年2月12日(月)
浦賀に住む友人を訪問したら友人夫妻が近くの観音崎公園を案内してくれた。灯台周りはこれまで何度となく来て良く知っているが、今回は反対側の鴨居の方からこの公園に入った。この公園は神奈川県が管理し、花壇、子供の遊戯機械エリア、青少年野外活動教育施設、江戸時代末期から太平洋戦争まで使われていた砲台や軍事道路などの「幕府・帝都」防衛軍事施設跡、平成になって作られた異様な戦没船員慰霊施設などが併設されており、観音崎灯台まで広がっているかなり広い公園である。「観音崎の砲台」というと多くの人は「砲台跡」を言うがこの公園の真ん中の山の頂上にある現役の「砲台」が全く知られていないので紹介する。
いまどき、こんなちゃちな大砲が役に立つはずはないから、おそらく外国艦船の公式訪問時に浦賀水道を通過するときの祝砲用であろう。よく考えると「祝砲」という儀礼方法は前時代的で野蛮であり、それを人々が喜ぶというのもおかしなものだ。 公園内に「時代」を象徴する面白い掲示ビラがあった。 近くの防衛大学の学生が2月から3月にかけて軍服姿でこの公園付近を走り抜ける訓練が行われるという。グループで走る姿の写真とともにそれを予告するビラである。公園に遊びに来ている人々が軍服姿で公園内を駆け抜ける一群が突然現れたら驚くに決まっているから、驚かないで欲しいという学校側の配慮である。
ミクシィ 2006年9月25日(月)
MIXIが株式上場して、テレビ、新聞などで紹介された新しいITビジネスであるSNS。はたしてどんなものか気になっていたところ、たまたま友人さんが私を招待してくれたので、きのう入会した。 いやあ、若い(と思われる)人たちで盛り上がっている。現時点の会員数がなんと599万人と表示されているので、若者(ハイティーンから20歳代まで)の半数以上が参加していることになる。恐るべし。 私のこのサイトの読者もミクシィの中身を覗いてみたくなる人がいると思うが、会員からの招待がないと入れない仕組みになっている。また誰が会員であるかは分からないから、私たちの世代はこの若者たちのはしゃぎぶりを建物の外から指をくわえて眺めているしかないかもしれない。
岩間リコーダーフェスティバル 2006年8月12日(土)
8月12日に地元の保土ヶ谷にある横浜市の岩間市民ホールで開催された、第2回「岩間リコーダーフェスティバル」に出演した。とても人気のあるリコーダー奏者の吉澤実さんが主宰し、横浜市音楽文化財団が主催して昨年から始まったアマチュアのための音楽祭りイベントである。東京からも含めて21団体が出演した。ほとんどすべてがリコーダーアンサンブルないしはリコーダーオーケストラである。後半はほとんどが主宰者の吉澤さんが指導するリコーダーオーケストラであるが、本当の初心者グループでもとても素晴らしい演奏をしていた。吉澤さんの指導力の優秀さを証明している。 ちなみに私は仲間がいないので、一人でG. Ph. テーレマンの「フルートのための12のファンタジー」より、第1番イ長調をリコーダー用に短3度移調してハ長調で演奏した。まあまあの出来である。来年もまた単独テーレマンで出演するつもりである。90歳になる2033年の第28回まで連続で単独で出演して岩間名物の「テーレマン笛吹きじいさん」になってやるのだ。 「峠」と「嶺」の定義 2006年7月6日(木)
6月から7月にかけて2回にわたって長野県の分水嶺とそれを越える峠をめぐるオートバイ旅行をした。 人はなぜ、峠と嶺に惹かれるのかということはさておき、「峠」とはどういう場所を指すのかという点に関しては先に地形上の「特異点」にあたるポイントであるとエッセイで述べた。これは解決。しかし、そこでは、嶺を歩いてその高度がマイナスからプラスに転ずる点である、と書いたが、それでは「嶺」とはどういうことを指すのか、その定義を数学・物理学の観点から、素人なりに考えてみた。
「峰」と書くと頂上を意味することがあるので、ここでは問題としている Ridge を「嶺」と書く。普通の人が普通に「嶺」は山の尾根、山稜と呼んでいるものである。山を歩いていて、ここは尾根だ、と直感する、その位置のことである。尾根とそうでない位置を人はどのように判断しているのだろうか。頭では考えていなくても人は尾根であることを認識して迷わず尾根を辿っていき、山の頂きに到達できる。
それを理屈で説明することを試みた。数学や物理学では関数を使ってうまく記載するのであろうが、大学で数学・物理が大の苦手であった私には数式で記載できない。接線からアプローチするか、位置変化(移動)を微分してアプローチするか。スキーの経験で尾根(馬の背などと呼ばれている)とそうでない斜面は区別できているからその経験を使って滑り方からアプローチするか。
最初に接線からアプローチしてみよう。あるポイントにおける接線のうち最も角度が大きい方向へ移動しつづければいずれ「嶺」に到達し(はて、ここでは接線になにが起こっているのだろうか)、その後は同じようそのポイントから接線の角度のもっともが大きい方向へ移動を続ければ「嶺づたい」「尾根づたい」となることは分かる。
一方スキーでは角度が緩い方向へ降りていけばいずれ嶺に到達し、その後ももっとも傾斜のゆるい方向へ折り続ければ「嶺づたい」になるかな。 おっと、これは間違いだ。「もっとも角度が緩い方向」は水平である。それを行けば等高線をたどり、何時までたっても同じところをぐるぐる回りになってしまう。斜滑降していき、「嶺」あるいは「尾根」に到達するとそれを認識できるがそこでは斜面になにが起こっているのだろう。逆に最も急な方向へ降りて行けば沢にぶつかってしまう。水の流れと同じだ。 「下る」では「嶺」の定義が導き出せないかもしれない。
ここまで書いて、思考が行き詰まってしまって解答を導き出せない。 本州四端踏破証明書 2006年6月4日(月)
これまでの旅行で本州の東西南北のそれぞれの最端地を訪問した。
最北端 青森県大間町 大間崎 2004年4月と2006年5月の2回、いずれもBMWバイクで 最東端 岩手県宮古市 魹(とど)ヶ崎 2004年4月と2006年5月の2回、いずれもBMWバイクで 最南端 和歌山県串本町 潮岬 2004年10月にBMWバイクで 最西端 山口県下関市 毘沙の鼻 2006年12月23日 BMWバイクで
これらの町をすべて訪問した人には、その4つの市と町が協同してそれを証明してプレゼントを贈呈するという企画があることを知った。早速その証拠写真を電子メールで事務局の下関市役所の総合政策部企画課に送ったら、全市町長直筆の署名の入った「本州四端踏破明書」とすてきな携帯電話ストラップを頂戴した。私はまだ30人目であるが1,000人になるまで続けるとの事。
40年振りのサイクリング再開 2006年5月19日(金)
ニッカボッカにハンチングで静かな林道をゆっくりと登って峠を越えたい。アナクロニズムである。
弘明寺散歩 2006年1月7日(土)
とても寒いがこのような日に近所を散歩するのも悪くないので、夫婦そろって南の永田の方角へ歩き出す。目にするものをああだこうだといいながら。 去年の夏に見た汚い町内会の資源・ごみ集積所は正月明けということもあり、どこもこざっぱりと片付いて期待はずれ。2005年8月の日暮綴りに掲載した記事に添付するつもりでその汚れている証拠写真を撮ろうと持ち出したカメラの出番はなかった。 永田村の古い土蔵も残されていた民家は潰されてその跡が整地されて広い貸し駐車場になっていた。新年の朝日新聞に大きく取り上げられていた、緑の蔦のからまった煙突の「永生湯」の看板には「えいせいゆ」と振り仮名が振ってあった。「ながいきゆ」ではないことが判明した。相棒が弘明寺(ぐみょうじ)へ行こうというので、井土ヶ谷を回らないで近道で行って見ようと、南へ南へとその方向を目指すが、今にも崩れそうな、というよりすでに崩れてしまっている土の斜面わきの道に沿っていくうちに、正面の小山に阻まれて行き止まり、行きつ戻りつするうちに大きなマンションへ登る道が出来ていた。登りきると明るい丘の上にでた。南の方に別の谷が広がっているので、突 そのすごい階段の上から谷の向こうの反対側の斜面にやはりまっすぐに上る階段が見える。弘明寺は真南の方向にあるから、この反対側の階段を登ってその丘を越えないとならない。降りて又登る。運動と さて階段の上に広がる次の丘にはまた新しい住宅地が広がるが、日当たりの良い頂きには今度は墓地がある。墓地があるなら寺もあるはずだから、墓地の脇の小道へ入るとその道は墓地のメイン階段となり、墓地はずっと下の方へ続いている。墓地の西側の竹林を通して崖下の別の小さい谷が見える。相棒が気がついた、「そうよ、これが5階のYさんのTちゃんが通っていた幼稚園のお寺よ。」 この道路はかつて徒歩通勤で見慣れたところであるが、「レッドロブ 山門の真ん前に違法駐車して老夫婦が乗り込んだBMW730はセルモーターは回るもののエンジンが掛からず立ち往生していた。 ここまで結構歩いたので疲れたのでそれを横目に、山門前の Doutor カフェにて一休み。BMW730夫婦も Doutor に入ってきて私たちのすぐ後ろでレスキューに携帯電話で「いやー、10年も乗っていますから」。 弘明寺商店街。相変わらずの賑やかさにほっとする。昔からの店が多く残っている。店の奥で魚肉を練っている揚げている蒲鉾屋さんから香るあの懐かしいさつま揚げの匂いにつられて買い込む。会社出入りで贔屓のカメラ屋の「明治堂さん」(Sさん)はついに写真用品の販売とDPEをやめてスタジオ専門になっていた。2軒隣の観音橋のたもとの角にDPE専門の店が出たのがいけなかったのだろうか。大岡川に掛かる屋根のある橋(じつは商店街のアーケード)で有名な観音橋には横に遊歩道専用の新しい橋が作られていた。桜の季節は賑わうのだろう。相棒がどうしても買いたかったキムチ屋さんと思しき店は閉まっていた。40年前に独身寮にいた私がここで始めて「冷やし中華」を食べて感激した中華料理の店はどれだったのだろうか。相棒が商店街の鎌倉街道口に評判の「いさみ鮨」という寿司屋があるというので覗いてみると確かに安い。丁度出てきた3人連れは支払った男が「いやー安かった、よかったー」と大喜び。この寿司屋の並びにあったミシン屋と肉屋はどうなったのだろうか。 相棒の「歩いて帰る?」に一応許諾の意思を示すものの、再び商店街を通って弘明寺駅まで来たところで弱気になり、130円払って隣の井土ヶ谷駅まで電車に乗る。両駅に止まる普通電車はめったにこないと思い込んでいたのに意外にもすぐ 永田交番近くの駐車場でこの懐かしくも珍しい看板が残っていた。文章が書いてあるところは野暮であるが、今は仕方ないか。 |
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