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Ruth
Hunt のこと

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午前8時17分 |

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きのう愛知県知多市で開催されたトライアスロン大会で大きな事故があり、数人の人が大けがをしたとのニュースに接した。 私はかつてトライアスロン競技の日本と世界の組織に関わったが
1988年に完全に身を引いてトライアスロンには興味も関心もなくしていた。 今回は大きな事故だったので気になって調べてみた。 この知多市の大会は
World Triathlon Corporation (WTC) が運営する「アイアンマン70.3」というハワイのアイアンマントライアスロンの流れを汲むものであると知った。
WTCは2015年から中国の商業不動産会社大手の大連万達集団が保有しているがこの春に800億円でアメリカのメディア会社
Advance Publications
に売却されたとも報道されている。
さて、調べるうちに私の古いトライアスロン仲間で香港のナショナルコーチをしている
Ruth Hunt (ルース・ハント
香港在住のイギリス人女性)
が今どうしているのかが気になって検索したらこんな記事が見つかった。 この記事の日付は分からないが2018年の別の記事では香港トライアスロン協会の会長とあった。

この記事は、[アイアンレディー]こと
Hunt が 30年間の活動を終えてまもなくナショナルコーチを退く、というものである。
この記事には彼女のキャリアが詳細に書かれているが、その中で次のように:
『
1984年のハワイアイアンマンからの帰りの飛行機で「日本のイベントオーガナイザ」(私のこと*)
と隣り合わせの席になりその縁で翌年の第1回宮古島トライアスロンに招待された。 これが自分の人生の大きな転機になった。
』
*
会った時私は一選手だったが、後日、1986年3月に設立された日本トライアスロン協会の初代理事長に就任したのでそのような表現になったのだろう。

この記事をダウンロードしたのでこちらに再掲する。
これがその時の写真。 ハワイ島のコナ空港でホノルル行きのハワイアン航空に搭乗する時に撮った
Ruth Hunt
と私。 後ろは熊本のトライアスロン仲間の片岡宏介さん。

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1984年10月 ハワイ島
コナ空港にて |

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Ruth
Huntと 相棒の香港の英国人女性 Kim Isherwood
はその後、宮古島大会のみならず日本で開催される国際大会に出場するためにたびたび日本を訪れて輝かしい成績をあげた。 私も香港のトライアスロン大会に出るなど、数年間お付き合いした。
Ruth
Hunt
とはそれ以来音信がなく、こちらとしては彼女の活躍ぶりを時々インターネット情報で知ってはいたが、彼女の活躍ぶりから見て私や宮古島のことなど忘れているだろう思っていた。しかし、これを読んで、そうではなく、今でもこの縁を恩義に感じていたのを知ってうれしくなった。
下の写真は1985年4月28日に開催された第1回全日本トライアスロン宮古島大会での記念写真。
左から、私、Ruth
Hunt (招待されたが発熱により欠場)、清水仲治さん(後に協会初代副会長)、Kim
Isherwood (Ruth
の相棒・彼女も招待、ぶっちぎりで優勝)

最新の情報を探したところ
2017年7月23日付の東方日報の「世界最大のドラッグストアチェーン
A. S. Watson Group (屈臣氏集団) の社長(CEO)を退任したばかりの蘇若禹
(Martin So Yirk-yu) さん (66歳)
がトライアスロン競技中に急死した」という記事。
この記事中に香港トライアスロン協会 (香港三項鐵人總會)
会長の Ruth Hunt (露芙肯特)の記者会見の写真とそのコメントが掲載されていた。

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