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コロンの4回の航海
大航海時代叢書の「1丁目1番地」
第I期 第1巻「航海の記録」の最初のクリストーバル・コロン
(日本語での通称: クリストファー・コロンブス)
の 1492年から 1504年にわたる4回のインディアス (アメリカ)
への航海の記録を読み終わった。 この叢書に収録された膨大な数の同時代の史料文書の一番最初であるので少し気合を入れて読み進んだ。 この「4回の航海の記録」に収められているのはコロンや同行者による書簡と遺言書である。 コロン本人や航海の同行者たちが認めたこれらの文書*が「コロンブスの冒険」などとして誰でもが習った「英雄物語」の種となって、後々広まって現代まで語り継がれてきた。
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コロンはジェノヴァ出身であるので元はイタリア語でクリストーフォロ・コロンボというが、これらの書簡は同行者の遺言書を含めてすべてスペイン語で書かれている。コロン自身も自分の名をクリストーバル・コロンと称していた。 当時のグローバル(ヨーロッパ)スタンダード語だった。
第1次航海の記録
(1492年8月3日-1493年3月15日)
1493年2月15日付 経理官ルイス・デ・サンタンヘルへの書簡
第2次航海の記録
(1493年9月25日-1495年6月11日)
1494年1月30日付
チャンカ博士が(イサベラ市から)セビリャ市へ送った書簡
第3次航海の記録
(1498年5月30日-1500年10月 鉄鎖に繋がれて強制送還)
1498年10月18日付 コロンがエスパニョーラ島から国王に送った書簡
第4次航海の記録
(1502年5月9日-1504年11月7日 )
1503年3月3日付 コロンがジャマイカ島から国王に送った書簡
1536年6月19日付
ディエゴ・メンデスの遺言書 (コロンの最後の航海中に起こった出来事について)
私たちの時代は「アメリカ大陸の発見」と教えられて疑問に思わなかった20世紀までのこのヨーロッパ中心の史観は世紀末になって否定され、21世紀に入るとコロン始め多くの「征服者」達はヒトラーも足元に及ばない大虐殺の主導者として弾劾されるようになった。 そしてその新しい評価が最近のアメリカ合衆国を中心とした反人種差別運動の原点となり、そしてその運動はまたその反動者たちを刺激してより過激な方向へ向かわせるいつものパターン。
多くの国にあった「コロンバスデー」はもはや祝日ではなく、再考・反省・対立の日となっている。
一方「征服を免れた日本列島」では現在、小学校から高等学校の歴史の教科ではどのように教えられているのだろうか。
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