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ガマのインド航海記

大航海時代叢書
第I期 第1巻 の3人目はヴァスコ・ダ・ガマ。 収録されているのは唯一の基礎史料
(解説 増田義郎による)
である、無名の乗組員が書いたとされる「ドン・ヴァスコ・ダ・ガマが1497年、喜望峰経由にておこなったインド発見航海記」。 1488年にポルトガルのバルトロメウ・ディアスによって「発見」されたアフリカ大陸南端の喜望峰を越え、東海岸のイスラム商人が開いた港を経由して北上し、今のケニア海岸からインド洋を越えてインドのカリカットに至る。 大航海時代のヨーロッパ勢力で最初にアジアへの航路を開いたとされる。

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大航海時代叢書
第I期 第1巻 pp.344 |

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ついでに、くだらないことであるが、喜望峰はアフリカ大陸最南端ではない。 最南端は喜望峰から150km
東のアグラス岬。 もうひとつ、「喜望峰」の名前の由来は
Cabo da Boa Esperança、すなわち「良い望みの岬」。 本来の「岬」に「峰」の文字を充てた出所は不明。 「喜望」の文字を充てた由来も不明。 中国語では大陸簡体も香港繁体も台湾正体もすべて「好望角」。
もうひとつついでに。 トライの講師、中学受験専門塾ジーニアス代表の「松本亘正センセイ」は「キボウミネ」と言っている。(7分25秒) おかしいなぁ。
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