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4月

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堂ノ谷

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ヘルン氏

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椅子の籐座面編み (動画)

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椅子の籐座面編み

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2025年4月13日 (日)

更新

堂ノ谷

  


4月9日の日記で「永田春日神社」や「殿ヶ谷」を書いた。 翌10日にはその日記に追記して昔の日記で「殿ヶ谷」と「堂ノ谷」を混同していたことを書いた。 

4月14日 追記

実は2023年の日記でこのあたりのことをかなり細かく書いていたことをすっかり忘れていた。 もう一度冷静に考えると「との谷」と「堂谷」については横浜市史に挿入の天正19年の太閤検地の際に作成された「永田村田一筆毎地籍図」と照合すると、今回の日記は再び誤っていたことが判明した。 数日中にその顛末を記載する。

「堂ノ谷」については「永田堂ノ谷公園」と「永田堂ノ谷第二公園」はあるものの地図やその他の史料・SNS などでその名前を見ることが全くない。 そこで「堂ノ谷」と思しき谷筋を歩いてみた。 先日の「殿ヶ谷」の西隣の小さい谷である。 住宅が建て込んでいる狭い道路の中に突然立派な屋敷がある。 表札を見ると「紙透」さん、よく知れた北永田の名家である。 そのすぐ先の谷の頭はダムのような斜面でその端に長い階段がある。 

階段を上っているとその横の谷頭の家でおばあさんがこちらをいぶかしそうにしてこちらを向いて、互いに目と目が合った。 

「すみません、このあたりの歴史を調べている者ですが、この谷の名前を教えてください。」と問いかけると近寄ってきて「堂ノ谷(どうのたに)ですよ」と親切に教えてくれた。

合点!!

下は1955年頃の地図である。 青い矢印が上の写真の撮影地点。

おばあさんにこのあたりの昔のことを聞いていたら、なんとこの方、紙透本家の娘さん。 私より1歳だけ年上の同年代。 私が永田町 (久良岐郡永田村) のことをいろいろと調べていることを伝えると北永田のことをいろいろと教えてくれた。  高校は私が勤めていた会社のすぐそばの横浜市立南高校 (なんこう) 出身。 30分も話し込んでしまった。 

ということでこの谷はまがいもなく「堂ノ谷」で呼び方も「ドウノタニ」であることがはっきりとした。

横浜市史 第1巻 

第2章 江戸時代初期・前期の農村構造

第1節 初期の久良岐郡農村 1 永田村における本百姓の形成

に次の図がある。

上が西側である。 ほとんどの村の地名が「谷」を付けて呼ばれていたことが良く分かる。

「北永田は服部一族が全体を掌握していた。・・・紙透氏は服部氏の従属百姓だった ・・・」とある。

永田村は江戸時代には保土ヶ谷宿の助郷村として苦労したそうだ。

「星谷」「向谷」についてはもう少し調べる必要がある。  さらに検地帳には「西谷」「ほしの入」「山王下」「いとなわ」などの地名が示されている。 

「みのわた」は私が「名前が不詳の谷」とした谷であるが「三縄田」と書かれた。

また安土桃山時代には郷に「長田」という文字が当てられていた。

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北永田連合町内会長の紙透功さんはタウンニュースによると86歳なのでこのおばあさんのご家族 (お兄さん?) だろうと思う。 またご長男は少年野球の横浜ブレイズの監督、指導方針もしっかりしている。

 

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