チェコ便り

No.94

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1995年03月

1日(水) ソーセージとグラス

一時帰国

8日(水) チェコ・オーストリア旅行
9日(木) 勤務事務所が変わった
10日(金) 合格!!!
11日(土) フィレカツ大成功
12日(日) チェコフィル予約
13日(月) Itinerary
15日(水) 着きました。
16日(木) きょうも休養
17日(金) 昨夜は若者たちと歓談
18日(土) ウィーン取りやめ
19日(日) こちらもまだまだ
20日(月) 東京は怖い
21日(火) モーゼルを買った
22日(水) お父さんダウン
23日(木) Kは帰国の途に
24日(金) ご機嫌の帰国
25日(土) C君の背番号は?
26日(日) フィリアホールよかった!
27日(月) 夏時間になった
28日(火) 帰ります
29日(水) 何もすることがない
30日(木) 明日はメールは休み

  

 

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1995年3月23日(木)

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Kは帰国の途に


TO:M&A

3月23日(木)朝 雨。 

 

(*K記) やっと帰る準備が整い、あとはプラハとアムステルダムで残りの土産を手に入れるだけとなった。 成田到着は午後2時55分の JAL 412 便です。  おそらく、16:02 発のエアポート成田(久里浜行き)になるでしょう。 これは保土ヶ谷駅に 18:10 頃到着です。 保土ヶ谷駅からはタクシーで帰ります。 

 


FROM:M

95/03/23 22:05 

題名:ご苦労様でした!! 

 

長い間、看病と観光のお世話をありがとう! 本人も、到着時には最悪の状態だったけど帰りには元気になって楽しい旅行が出来て、よい経験が出来た事でしょう。 次回には、もう少し自分で行動する事が出来たら良いんだけど..... 本当にお世話様でした。 

 

こちらも、急に家族の人数が減って食事の支度もなんだか気合の入らない日が続きました。 相変わらず、C(*次男)はそんなに食べません。 残るものが多くて、結局2日くらい経ったものは捨てる事になります。 全くもったいない話です。 私も大勢の分を作る事になれてしまったのでしょう。 明日からは、何でも美味しいと言ってくれるKが帰ってくるので、大変だけど作る楽しみも出るというものです。 全く、Cはもう少し食べる事に頑張って欲しいです。 でないと、身体が大きくなりません。 

 

今日給料明細が届きました。 支給A に \528,900 とありますが、これは現場手当にしては多すぎると思うのですが... 何もプリントが入ってなかったので良く分かりません。

 

今日、(*Mの勤務先 証券会社) 会社からリストラの話がありました。 景気が良くないので、契約時に延長出来ない場合があるのでそのつもりで...という事でした。 困ったもので、急に働けなくなった ら、どうしようかしら。 折角外に出ていろんな経験をして、更年期も老化も出来るだけ感じないように頑張りたいと思っていたのに。 JGC のIshさん(*日揮の先輩女性社員 人事部で派遣社員の事務担当) に頼んでみようかしら?最も、急にこんなこといっても人手が欲しい時に働けなかったのだから無理かな? なんて、いろいろ考えてしまいます。  それでは私は、ここまでにします。 

 

M.

 

******** 

 

へロー!ここからはCくんだぜ。 今日僕は、免許取得記念にお父さんに買ってもらえるヘルメットを、友達に付き合ってもらって、伊勢佐木町のオデヲンまで買いに行きました。 いろいろと見て、値段、色など迷ったあげく、「お父さんが3万円ぐらいのにしろ」、とメールに書いてあったので、SHOEIの青いフルフェイスを27800円だったので買い ました。  以上! 撤収!!!!! 

 

********** 

 

メールの途中で、NSさん(*私の音楽仲間 PMP の主宰者の一人)から電話がありました。  無事予定通りにコンサート(*PMPのマタイ受難曲演奏会)が開催される...という事でした。 私もすっかり忘れていたけ ど、26日には行かないといけないかしらね?  Kが合格記念の旅行の、只今帰国の途中だと話しました。 全くNSさんは連絡もとれなかったTさんに忘れずに報告してきてくれるのですから、すごいですよ。 とにかく、よろしく.....とのことでした。 

 

今、Kから電話がありました。

 

それでは重ねて、お付き合いご苦労様でした。  M.

 


TO:M&A

SUB:ワシントンの桜が満開

 

おはよう! そちらの3月24日(金)の朝に読んでもらうメールです。  Kを空港に送って帰ってきて、すっかり寂しくなってしまったアパートで惰性で CNN を見ていたら、ワシントンのタイダルベイスンの桜が満開の情景が映されていました。  そうか、あれからちょうど7年経ったわけだ。

 

WaDくんはだめだったとのこと。  きょうの二人の行動はここで書かない方が、Kの帰国報告が生きるから、遠慮します。 きょうのプラハの半日もなかなかいいことができました。.............

 

いや、そうするとA(*長女・帯広)が分からないから、やっぱり書きましょう。  朝、パルドゥビッツェに寄って、メールを入れて、おろして、みんなに挨拶して、車で8時半に出発。 1時間半で国立オペラ劇場の隣の有料駐車場に車を預けて、地下鉄ですぐ隣の駅の近くにあるドヴォルジャーク博物館へ。 我々の到着を待って開館。 街中の屋敷が博物館になっている。 そこから今度は市電に乗って、モーツァルト博物館へ。 ここはモーツァルトが滞在して作曲した別荘あととのこと。  モーツァルト博物館から出てきた時に一人の日本の若い女性が居り、聞いてみると先に6人の団体で来たのだけれど、地下鉄でパスポートなどを盗られて、一人だけ残されてしまって、次の土曜日のフライトまでの時間潰しをしてるとの事。 これまで、あまり事故のことを聞かなかったが、やはり油断禁物。  ここから今度は地下鉄でガラス店の集中するムーステックへ直行。 残りのガラスを買い込んだ。

 

さて、我家用に今度はこれまでのクリスタルカットグラスやモーゼルの高級品や、例のすりガラス模様のグラスとはまったく違う、また別のボヘミヤグラスの代表工芸を2点購入しました。 お楽しみに。  Kはもうプラハの地下鉄と市電のオーソリティになったようで、私がなにも知らなくても自分で決めて連れていってくれます。 おかげで私も新しいところをいろいろと知ることができた。  Kのお祝いのお返しは今回は買わなかった。 あまりに多すぎて持ち切れないと思ったから。 この次に私が帰る時に(その時にはMも一緒かな)改めて気持ちのこもった良いものを選んで手に入れようと思う。 待ってもらう甲斐があるように。 

 

それではきょうの夕方、Kが戻ったら、土産話しとほんとの土産を楽しんでください。  保土ヶ谷まで迎えに行けるかな。 おそらく午後6時10分(8分から10分の間)着の久里浜行きです。 東口と西口ですれ違いにならないように、改札口で見つけてあげてください。(*上にあるKが「保土ヶ谷駅からタクシーで帰ります」というメールを読んでいないための間違い)

 

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