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長い長い3日間
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SUB:長い長い3日間(長文注意)
今、まだ、1994年の12月30日午後8時前です。
誰もいないアパートで10日分の朝日新聞と日経をパンとソーセージ(スライスしたポークソーセージ)をかじりながら読み終わったところです。 テレビもないし他に読むものもないから、しかたなくパソコンをたたきはじめました。 このメールがそちらに届くのは、1月2日の午後ですから少し間が抜けているかも。 Aには送っていませんから一緒に横浜で読んでください。
年末のため事務所が午後3時で閉められてしまうことが2時になって分かり、あわてて3時直前にそちらからの12月30日のメールを受信して、そそくさと退社しました。 アパートでもプラハのホテルでも電話がないからニフティにアクセスできないので、そちらとの交信が2日までできないことになるので、少しあせりました。
12月30日のメールの「(*PMPの)Iwさんの件」というのが分かりません。 もしかしたらその件の書かれたメールがうまく発信されていなかったのではありませんか。 送信簿で確認してください。 また、念のためその件が書かれているメールをもう一度送信してください。
Kマートに下着と洗剤を買いに行きましたが、下着をどこで売っているのか分からずパスです。 あすプラハのもっと大きいスーパーなら色々な種類があると考えます。
アパートには電熱式の調理ヒーターはあるのですが、ヤカンも鍋もないから使えません。 果たしてこれらは会社で揃えてくれるのかしらん。 キッチンにはわずかにお尻に
14 Kc
の値段のシールの張ってあるこぎたないガラスコップが3個とスポンジと布巾があるだけです。
時間が余ってしまい困った。 本などがあればいいのだが、これから送ってもらうのも時間とお金がかかるし、プラハには日本の本を売っていないから何か良い方法はないだろうか。
前に写真と未現像フィルムを郵便でそちら送ってもらうように帰国者に託しましたが、届きましたか? 今日帰国したMoさん(*出張していた日揮のエンジニア)にも3本目のフィルムを持って返ってもらい、投函をお願いしました。
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12月31日(土)
いつもの通り10時23分発の電車でプラハへ来ました。
今日は大晦日です。
キリスト教の国(?)では Silvester,
この国では Silvestr
と言います(知らなかった)。
プラハの町は大勢の観光客が押し寄せた感じでおお賑わいです。
ヨーロッパの人にとっては冬休みだと思います。
ガイドはそれぞれ色とデザインの違った傘を手にグループを引き連れて説明しています。
早速ツーリストセンターで1月の音楽の催しをチェックしに入ったら、観光客が大勢居て、目の色を変えて今日と明日のコンサートの予約をしていました。
私は既にチェコフィルの新春コンサートのチケットを持っているから、へへへへへ。
いい気持ちだ。 チェコフィルの出している
94-95
シーズンの案内を手に入れたけれど、いわゆるチクルスとなっていて、6つほどあるシリーズをまとめて買うようなシステムになってもいます。 一番高いチクルスの一番高い席でも6回通しで
700 Kc です。
ということは今日の新春コンサート 1,035 Kc
というのは破格ではないか。
えーい、知らなかった。
さて、新春コンサートはやはり皆さんちゃんと着て来ています。
ドボルジャークホールは日本の大ホールに比べると小振りです。
1500 人位でしょうか。
内部の作りは昔の建物だけあり、天井の装飾はきれいです。
正面のパイプオルガンのデザインはギリシャ神殿のファサード(建物前面)をまねたもので、あまりいただけません。
特にこれは 松崎さん (*私の友人でオルガン製作者)
に聞こうと思いますが、一番低いパイプが同じ長さのものが5組あるのが解せません。 もしかしたら、この正面パイプはほとんどダミーかもしれない。(写真を送ります)
チェコフィルの最初の音を聞いた時、随分小さい音だと思いました。 最後までそうでした。 ということは室内楽以外で最近聞いたのは、吹奏楽、のボリュームが大きすぎるということか。 あるぶれ人、いやアルブレヒトはなかなか端正な長身の指揮者で、見ていても楽しい指揮ぶりです。 驚いたことにチェコフィルのメンバーはハープの二人を除いて全員男です。 しかもかなりの人がお年寄りです。 年功序列の社会なのかもしれない。
オーケストラをほとんど聞いたことがないから演奏がどうなのかは控えさせてもらいます。 フチークの作品はマーチのような気軽なもの4曲でした。 アンコールは遠慮がちなラデツキーマーチで、お客さんの手拍子は最初だけで、あとはしらけてしまいました。
プログラムはたった 3 Kc。 これには
SILVESTROVSKY KONCERT
(すなわち大晦日コンサート)と書いてありました。 12月の
Monthly of Cultural Event (The Arts in Prague)
とチェコフィルの 94-95
コンサート案内、それにこの「大晦日コンサート」のプログラムを
Air Mail で送ります。
さて、聞く前の興奮はすっかりさめて、町へもどりホテルの周辺まで来るとなにやら物騒な雰囲気に驚いてしまいました。 あちこちの道路の上で爆竹が破裂して、あぶなっかしいことこの上なし。 各お店の入口にはガードマンやら、腕っ節の強そうな人達が、警戒しているではないですか。 ホテルの入口でもチェックされて、宿泊客以外は立入禁止です。 通りには花火とシャンペン(だと思と思う)売りがあちこちにでて、若者が群がっています。 どうも怪しいと思ったら、時間がたつにつれて爆竹の回数が増えて、とても安心して通りを歩ける状況ではなくなってきて、9時には宿へ退散してしまいました。
宿でのチェックインの時に今日はシルベストゥルで特別だから、「お客様だけ特別に
Silvestr Menu
の夕食とダンスと音楽のパーティがお楽しみいただけます」。 と受付嬢がいうから、ただなのかと思ったらとんでもない
1,500 Kc
とのこと。 この前のハプニングのクリスマスイブの特別メニューでも
300 Kc だったし、普通のフルコースが 150 〜
200Kc を考えればこの 1,500 Kc
はとんでもない、観光客のゆるんだ財布目当ての吹っ掛け値段です。 通りのキオスクでホットドッグ
(10Kc) とコーラ (20Kc、コーラとファンタは他の飲み物に比べて異様に高い、ビール
15Kc、ワイン 15Kc)を買って路上で食べて部屋に帰って寝てしまいました。
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1995年1月1日(日)
遅く起きて通りに出てびっくり。 まるで暴動の後のようなありさまです。 破れた安シャンペンのビンのかけらとごみだらけです。 悪い習慣が始まったものです。 丁度日本のクリスマスイブの馬鹿騒ぎと同じように若者の理性を忘れた一種の暴走だと思いました。 おそらく西洋の繁華街はどこも同じような馬鹿騒ぎなのかもしれない。 これを日本の馬鹿者が輸入することのないことを祈るのみ。 それにしてもクリスマスイブの落ち着きとはあまりの対照ぶりに驚きました。 逆にキリスト教の国だからなお、クリスマスを外してこのような馬鹿騒ぎをするのかしらん。 これでは普通の人が去る年にさよならを言い、新しい年の来たことを周りの人と一緒に喜ぶいう素朴な習慣はなくなってしまうかもしれない。 普通の人は危なくて大晦日に街に出られない。
買い物だけでもしてパルドゥビッツェに帰るつもりで出たら、今度は町の店は完全に、全く完全に閉まっています。 キオスクも、レストランも、デパートも、靴屋さんもみんなです。 それでも観光客は大勢来て町を見てまわっています。 今日ばかりは観光も休まないとだめでしょう。
早めに電車に乗ってパルドゥビッツェに帰ったら、まだ昼過ぎで早かったせいもあり、ほっとしました。 ただパルドゥビッツェの町も完全に閉まっていて、人出もほとんどありません。
車を置いていってくれたので、3時ごろから町の周辺をドライブして隣町まで行きました。 途中でヨーロッパ番号のついた道路では、日本やアメリカと同じようなレストエリアにコンビニ併設のきれいなガソリンスタンドが建設されつつありました。 このようなスタンドは24時間営業です。 食べるところがないから今日はダイエット成功だと思っていたら、例のパルドゥビッツェの町外れのレストラン(
U NOUZU
ウノウズ)がやっているではないか。 まだ早く、アパートに帰っても時間が過ごせないからと思い直し、車をUターンさせて、ソーセージのオードブル、ガーリックスープ、大きなポークのクリームソースかけ、おいしいゆでポテト、それにダブルエスプレッソ、結局
180 Kc
も食べてしまった。 このレストランはこのように習慣を無視してお客本位で営業しているからか、大変成功しており、最近商売敵(カタキと読む)に襲撃されたそうです。
アパートにしかたなく戻り(6時)シャワーを浴び、洗濯をして、昨日と今日の分を書き終えて、今、まだ7時半です。 日揮の人はまだだれも戻ってきていないようだ。
毎週末にプラハへ泊りがけで行くのは、宿泊費が安いと言っても
4,000円程しているからもったいない気がしています。 観光都市プラハの街の見るべきものはすべて見てしまったし、コンサートも同じような出し物なのでそれほど魅力を感じなくなってきた。 これからは行くのなら目的を持って日帰りで行くことにします。
今日は電車の中でたまたま持ってきた岩波の「図書」を読みはじめたら、おもしろくて、改めて日本の文字の文化のありがたさを味わいました。 これからなんとか日本の書物を送ってもらいたいと思うので、算段を考えます。 ずーっといるのであれば、定期的に船便でも構わないのだけれど、いつ帰ることになるかわからないから、会社の
DHL
便(3、4日で届く)に紛れ込ませるようにしようと思う。 横浜の業務が始まる5日頃までに送って欲しい本を2、3冊決まったらまた連絡するので、Suhさん
(*このプロジェクト担当部の庶務) かAo
さん(*私の部の秘書) に届けてもらいたい。(もっともAoさんに直接買ってもらってもいいが、これももう少し考えます。)
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1月2日(月)
朝一番(7時半)に出勤して取り敢えずニフティをチェックしました。 そちらからのメールがないので、こちらで書き貯めた上のメールを取り急ぎ発信します。
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