チェコ便り

No.43

前月

1995年01月

次月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

 

ブログ風日記「日暮綴り」に戻る

 

「チェコ便り」ご案内に戻る

 

1995年01月

2日(月) 長い長い3日間
3日(火) あけましておめでとう!!
4日(水) 愛息子のC君よりDADDYへ
5日(木) 有意義な一日
6日(金) 今日は寒い!!
7日(土) 土曜日も事務所
8日(日) 結局またプラハへ
9日(月) ボヘミアングラスの事
10日(火) 雪が少し
11日(水) Aの誕生日 20歳
12日(木) 日が長くなり始めた
13日(金) あしたはセンター!!!!!!
15日(日) まずは一つ終わったな
16日(月) MLK Day
17日(火) 神戸の地震
18日(水) 地震から2日目
19日(木) 姉さんへ地震見舞いメール
20日(金) RE:地震のお見舞い
21日(土) また出費!
22日(日) 雨の日曜日
23日(月) 模試が返ってきた!!!
24日(火) 原付免許
25日(水) 風邪をひいたかな
26日(木) 車・免許
27日(金) フィルムが届いた
28日(土) 明日はプラハ観光ガイド
29日(日) ローストビーフ鎌倉山
30日(月) 帯広は大雪の模様
31日(火) 忘れていた一輪ざしのお礼

  

 

前の記事 雨の日曜日

次の記事 原付免許

1995年1月23日(月)

画像のスライドショー

更新

模試が返ってきた!!!


TO:M&A

 

1月23日(月)午前(そちらの同日夕方)、事務所で

 

大変暖かい。 室内の暖房も切られている。  どうも JSTV のノンスクランブル放送は地震関連でNHKニュースだけの特別サービスのようで、そのうちになくなってしまいそうだ。 

 

YH君 (*このプロジェクトの責任者・プロジェクトマネージャ) が横浜でこのプロジェクトの財政状態について報告してきたとのことで、その書類の写しをもらったが、今後相当切り詰めてもなお、会社の期待に程遠いと見受けた。  その意味からも、まず、このプロジェクトに携わる社員や日本人の数を思い切って削減する事が必要で、また、そのように命ぜられてきたそうだ。  客先への対応にいろいろと困難があり(そのために私も急遽派遣されている)、その状況をYH君に頼まれて横浜に報告した結果か、近々、Hi副本部長(元国際事業本部の副本部長)が客先の社長と面談するために来るとのこと。  KNさん(*私の上司 原子力・環境・エネルギー事業本部 副本部長  Mと同期入社)との話しでは引き続き3月末までは私を使ってもよいとの了解をとったとのこと。 それまでは帰る事はないと考えるのが妥当。  ということはマタイ(*3月に予定されている私が主宰しているアンサンブル・プロムジカ・ポリフォニカによる J.S. バッハのマタイ受難曲演奏会)は絶望、高校性のKを再び見る事はない(^_-)。  Cの春の公式戦(*高校野球)の日程はどうなっているかな?  そのあとのことは会社全体の動向、本部の情勢などを見て、自分の希望を作り上げる事とする。 

 

大切なマレーシアの大型案件の受注に失敗したとのことで、会社は大変らしい。 500人位の整理をするという噂がある。(整理とは早期退職勧告、出向など)  KNさんも私のことより自分自身や、自分の部の将来のことの方がより気にかかっていることだろう。 しばらくは夢を追う仕事(*当時、私の部では地下開発プロジェクトを推進することが目標だった) は停止されたり縮小されるかもしれないから。 

 

チェコでの新しい見積りで、あすYo君ともう一人(Nk君という)がこちらに来るとの事。 目的はこの Cheming 社から詳細設計の見積りをとるためその打合せ。 この見積りはYH君のこのプロジェクトと同じ部(海外プロジェクト部)でやっているのだが、どうも互いに仲が悪いらしい。  Yo、Nk とも元々の (*プロジェクトマネジメント担当部の)部員ではなく、急遽見積もりに駆り出されたし、Yo、YHは互いに似ていてなかなかの野心家だから(二人ともそれぞれKNさんのもとで仕事をしながら結局、KNさんのやり方に反発してNjさん(*原子力・環境・エネルギー事業本部長兼副社長)を動かしてそこを飛び出した経歴を持つ)。 

 

そちらの午後7時が近づいたので、ここまで。

 


FROM:M

95/01/23 21:36

 

題名:模試が帰って来た!!!

 

今日、小沢征爾が32年振りにN響を振っています。 怪我をしている音楽家のためのチャリティコンサートで、後半はチェロのロストロポーヴィチが出演します。 テレビ(衛星第2)で生放送をしているのですが、前半のバルトークの ”管弦楽のための協奏曲” はなかなか素晴らしかったです。 もう昔のわだかまりはないのでしょうね。 小沢も団員もとても楽しそうです。 プログラムの前に、兵庫県南部地震の被災者のために、バッハの”G線上のアリア”が演奏されました。 今から後半が始まるようです。 音あわせが聞こえて来ました。 後半は、ドヴォルジャークの”チェロ協奏曲”です。(K)

 

ボヘミアングラスのカタログが届きました。 本当に素晴らしいです。 まだゆっくり見ていないのでコメントは後にします。  夕方、2号棟のTaさんに会いました。娘さん一家は(*ご主人のHiさんが駐在するチェコとは)ファクシミリで通信しているそうで、 Tさんからあちらの現場に電話があった事は聞いているそうです。 ですから、KMさん(*チェコの別のプロジェクトの責任者・日揮同期入社)が昨日帰国した事もご存じで、Hiさんは3月までとなっているらしいですね。 若夫婦は千葉大の山の会で知り合ったのだそうで、一家でチェコに滞在していたけれど、娘さんが公務員試験を受けるために、子供さんと早めに帰って来たとのこと。 お子さんは2才くらいだったので現地の幼稚園に入って、チェコ語を話せるようになっていたそうです。 また、娘さんも辞書を片手に何とか友達の親と話していたそうです。 とてもよい所で帰りたくなかったそうで、帰って来たら子供にアトピーが出たり、喘息になったりと大変らしいです。 やはりチェコは、空気が綺麗だったのでしょうね...と言ってましたけど?ね。

 

大晦日に実施された、慶応のプレテストの結果が戻って来ました。 これが何と、法学部志望者 1874人中 9番という輝かしい成績でした!!! 上位成績優秀者に与えられる賞品をもらえるんです。 まあ、これでK君もやる気満々です。  何が良かったかと言うと小論文が 1893人中 27番で講評は(課題文で述べられた内容を踏まえ、問題を自分なりに深化、発展させている。設問で要求された内容がきちんと書かれている点は評価出来る)というものでした。 K自身は、小論の講評にとても気を良くしています。 法学部法律学科では、1066人中 3番でした。 やっぱり力は付いているのですね。 これを契機に試験本番へ進んで欲しいです。 そばで見ていても、やる気が出たのが何よりです。(昨日まで、本当に心配していたのです)

 

Cは元気になり、学校へ行きました。部活は休みでしたが楽音祭の練習をして来たそうです。明日は、調理実習でお弁当のおかずを作ります。先週の金曜日はクラスのうち10人が休みました(Cも)。 日曜の部活では、一年生10人のうち5人が休んだそうです。

 

はやくSKIに行きたい。 本をよく読んで勉強しよう。 チェコは雪いっぱいですか? (C)

 

3月末迄は帰れないとの事、お互いに頑張りましょう。 お陰様で息子達は、精神的に随分私の支えになってくれています。 ありがたいです。  写真のアルバムを買いました。 チェコ用です。 Tさんは写してもどんな風に写ったかは分からないのですから、帰って来た時には順番に整理した写真を見られると言うわけです。  まだ、地震のニュースが続いています。 風邪が蔓延しているそうで、気の毒な事です。 こちらでも、昨日の夕方地震がありました。 震度は2でしたが、いやなものです。

 

では、明日楽譜を送りましょう。

 

FROM M

 


TO:M&A

 

SUB:プレテスト 1月23日(月)午後 

 

プレテストの結果が良くて、なおやる気が出るようになったのは大変結構。  慢心することなく、励んでください。 落とし穴はたくさんあるから。 怪我、風邪引き、勘違い、(試験日時、場所)、忘れ物(持ち物、受験票、弁当)、交通トラブルなどなど。  Aの時にはこんなに懇切丁寧にコメントをしなかったなあ。 コメントしてもしなくてもそれほど役に立つとも思えないから、まあいいか。 こんな陳腐なコメントが役に立つようではしようがないから。 

 

小澤騒動の時には今日のN響のステージメンバーのほとんどはいなかっただろうから、わだかまりはステージの上でなく背後のオーケストラの理事やNHK役員さらに後ろでN響に強い影響力を持つOBとの間にあるのだと思う。 今回の共演は結局小澤の実力がこれらフロントやOBの抵抗力よりもはるかに上回った当然の結果ではないだろうか。 さらにN響やNHKがこれを機会に営業的にプラスになる道を選んだと見るのも自然ではないだろうか。 どうでしょうか、K君? 

 

YH君 (*このプロジェクトの責任者・プロジェクトマネージャ) が興味深い本を日本から持ってきてくれた。 これからヨーロッパエコノミック旅行を考える人にとって役に立つ鉄道時刻表。 

 

Thomas Cook 発行(翻訳・解説=地球の歩き方編集室)

EUROPEAN TIMETABLE  ヨーロッパ鉄道時刻表

Early Spring 1995 2,000円

赤い表紙・赤い背表紙、厚さ約 1.5cm ペーパバック 

 

是非、購入してください。 この本の:

 

Table 60  ハンブルク/ベルリン - プラハ/ブダペスト

Table 57  ケルン/フランクフルト/ミュンヘン - プラハ

Table 96a  プラハ - ウィーン/リンツ 

Table 96b  プラハ - ブダペスト/ブカレスト/ベオグラード

 

 その他、ヨーロッパ主要都市間の列車の時刻がすべて記載されている。 

 

きょうの社内の会議でおもしろい話しが出た。 これは国際プロジェクトだから、当然の事のように英語を標準として、すべての文書、図書、機械の表示を英語で行なうことになっており、別に不思議ではなかった。 よりコストダウンをするための社内での検討の中で出たアイデアは次の通り。 英語でやるために、チェコの会社には高い金を払っているのだから、これをチェコ語でやればその分安くなるはずという論理。 確かにチェコの会社では英語で図書を作るために、チェコ語よも高度なエンジニアがいるし、また、チェコ語から英語への翻訳も必要になる。 良く考えるとこの様な設計図書を製作や工事で使うのはまた、チェコ人で、現場で働く人達はまず英語が分からないから、そこではまた英語からチェコ語に翻訳されており、ここでも余計な金と時間が係る。 Cheming 社ではその費用を全体の 20% といっている。  いっそのことすべてチェコ語で図書、文書を作り、日本人はほんの上部の基本的で重要な図書しか見ないのだから、それだけを自前の雇い入れたチェコ人技術者に英語や日本語に翻訳させれば済む。 それのほうが安くつくはず。  さらに、日揮の人の中でチェコ語が分かってそれなりに技術があれば、もっと良い。  このように考えると、英語一辺倒でなく、他の外国語を極めてその国のプロジェクトに優先して従事するのも一案。 しかし、日揮にはスペイン語、フランス語やロシア語などを極めた人も結構いるけれど、あまりそういううまい話しを聞かないな。 インドネシア語などは生活の言葉は結構みんな覚えるけれど、本当に仕事には使えていない。  だからといって英語を覚えなくてもいいかというと、それは間違いで、英語が正しくしゃべれないと、国際的な人とは認められない。 

 

前の記事 雨の日曜日

次の記事 原付免許

ページトップへ戻る