チェコ便り

No.24

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1995年01月

2日(月) 長い長い3日間
3日(火) あけましておめでとう!!
4日(水) 愛息子のC君よりDADDYへ
5日(木) 有意義な一日
6日(金) 今日は寒い!!
7日(土) 土曜日も事務所
8日(日) 結局またプラハへ
9日(月) ボヘミアングラスの事
10日(火) 雪が少し
11日(水) Aの誕生日 20歳
12日(木) 日が長くなり始めた
13日(金) あしたはセンター!!!!!!
15日(日) まずは一つ終わったな
16日(月) MLK Day
17日(火) 神戸の地震
18日(水) 地震から2日目
19日(木) 姉さんへ地震見舞いメール
20日(金) RE:地震のお見舞い
21日(土) また出費!
22日(日) 雨の日曜日
23日(月) 模試が返ってきた!!!
24日(火) 原付免許
25日(水) 風邪をひいたかな
26日(木) 車・免許
27日(金) フィルムが届いた
28日(土) 明日はプラハ観光ガイド
29日(日) ローストビーフ鎌倉山
30日(月) 帯広は大雪の模様
31日(火) 忘れていた一輪ざしのお礼

  

 

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1995年1月3日(火)

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あけましておめでとう!!


FROM:M

95/01/03 21:56

題名:あけましておめでとう!! 

 

今年はじめて送るメールです。

 

今日、A (*長女) (*大学の帯広へ) 帰りました。31日に来てから、慌ただしく4日間が過ぎました。 (*Aは成人式前ではあるが) 昨日は美容院に行って、 髪と着付けをしてもらいおばあちゃん (*私の母) やTMさん (*同じマンションの友人) と記念写真を撮ってから、岩崎町 (*Mの実家) へ行きました。 思っていたより上手に着せてもらって、とっても良かったです。 オデブのAちゃんもスマート(太めではあるけど)に見えました。 たくさん写真を撮ったので、1枚くらいはいいのがあるでしょうからそのうち送ります。 

 

(*PMPの)Iwさんの件: マタイ (*私が主宰しているバロック音楽アンサンブル 「プロムジカ・ポリフォニカ (PMP)」によるバッハのマタイ受難曲演奏会のこと) のプログラムに栗原版 (*意味不明) で配役を載せる事になったが、元になるものがどこにあるのか? .....という電話でした。  何日かしたら、また電話をかけてくると言っていましたが(Kが電話を受けた)、その後何も言って来ていません。

 

箱根駅伝は、山梨学院大学が総合優勝です。ちなみに、往路は早稲田、復路は中央です。 今年は、昨日C (*次男) (*駅伝コースになっているすぐ近くの国道へ) 見に行ってそのまま岩崎町へという例年のパターンです。 今日は、Cは仕事があったので、K (*長男) が一人で TV を見ていましたが、なかなか見応えがあるレースでした。 Aと私は、横浜へ行って(初売り出し)そのままAはバスで羽田へ行き帰りました。 Aちゃんの家では金魚が凍死していたそうです、かわいそうに!! 

 

そちらの寒さは如何ですか? プラハも通いつづけると、いろんなことがありますね。 この次は、ウィーンかベルリンでしょうかね? Kなどは、早くそちらに行きたくてうづうづしています。 写真で見ましたが、 K Mart はなかなか立派ですが、下着売場はまだ見つかりませんか? 送って欲しいものがあったら、早めに言ってください。  Aに (*パソコン通信の) Log ファイルの整理をしてもらい、print out したのですが、やはり出来ません 。  printer の中のメモリーがどうかしちゃったのかな? と言ってましたがよく分かりません。  Tさん (*私のこと) 宛ての年賀状は、整理してから次のメールで送ります。  私宛てに30年振りに、中学の同級生の男の人から年賀状が来てびっくりしました。 岩崎中 (*Mの母校・私たちの子供達も通っていた) の名簿から父のところに電話して聞いたそうで、先程30分くらい電話で話しました。 アメリカの City Bank に勤めていたそうですが、リストラで肩たたきにあって、辞めたそうです。 高校受験の前に数学を教えてもらった事が有り、そのお陰で数学の点数が大分上がった事がありました。 向こうもその事はよく覚えていました。 なかなかおもしろかったです、お互いに敬語を使って話したりして、でも話していくうちになんとなく昔の顔を思い出したりして。 

 

Kuさん(*アメリカ・フレデリックの隣人・逗子市出身の日本人)からクリスマスカードが来て、2年前に Bobby と離婚していたそうです。 家はKuさんのおとうさんがローンを払ってくれたので彼女のものになったそうです。 今は仕事をフルタイムでしていてとても時間が無いそうです。  Fort Detrick (*フレデリックにある米陸軍の施設・Kuさんの勤め先)で day care のしごとの合間に手紙を書いてくれたそうです。 Ha君(*Kuさんの息子・したがってハーフ)もアルバイトをして車のローンを払いながら、サッカーもしているそうでなかなか大変らしいです。 落ち着いて手紙を書くつもりですが、「やっぱり!」という心境です。 Bobby は去年の9月に38才の初婚の人と再婚したそうです。 子供達はその結婚式に参列したとか、何ともいえない気持ちになります。 

 

それでは、今日はこの辺で終わりにします。  Kも特に送る記事、事件が無いと言っていますので... 

 


TO:M&A

SUB:さあ、働こう。 勉強しよう。 

 

1月3日(火)午後6時 

 

私の抜けた正月は、戸部 (*肛門科の大病院) に入院した時以来でしょう。 写真を見ると、Aが20歳で、私が丁度チェコに行っていた年だとすぐ分かるな。 写真を楽しみに待っています。  Kにとっては最後の最後の踏ん張りどころです。 風邪をひいたり、体調を崩さないように気をつけてください。  Cからもアルバイトの様子や感想も少し知らせてもらいたい。 (*野球部の)トレーニングの足しになったかな。  Aはもう大学生活の半分が過ぎてしまうから、これから先の進む方向をそろそろ考えておく必要があるでしょう。 大学の研究室の先生や先輩と良く相談して、専攻の分野を絞り込み、さらに大学に残って研究をつづけるのか、会社に就職するのか、それとも公務員試験を受けて研究所に行くか、教員になるか、また、大学での勉強とは全く関係のない道を選ぶのか、いずれにせよ自分で決めなければならないので、その気になってください。  

 

フレデリックに比べると余り寒くはないけれど、天候はぐつついた日が多く、ぱっとしません。 これからは毎日少しづつ日が長くなり、日本より冬の天候が悪い分、余計に春が美しいそうです。  さて、チェコのもう一つの現場「アクリル酸製造プラント」のことをYH君 (*このプロジェクトの責任者) に聞いたら、KM君とKT君の二人の (*私と)同期入社社員が取り仕切っており、○○ (*私たちが住んでいるマンション) のTaさんの娘婿のHiさん(若い人だそうです)も確かにそこに居るとのことです。 今日電話したら、まだ休み中らしくだれも応答しなかったので、明日以降にもまた連絡し、近いうちにこの現場を訪問してみようと考えています。 この現場はプラハの西150km位の国境に近い、スコロフという街で、温泉で有名な(飲むだけだそうです)カルロスバリのすぐ近くです。 Taさんに会ったらその旨、話しておいてください。 

 

アパートの部屋は、まだ改装中で、きのうは帰って見たらカーテンがきれいなブラインドに変わっていました。 これから絨毯を敷いたり、キャビネット、デスク、テレビ、新しい冷蔵庫、電熱調理器それに電話(YH君が電話を譲ってくれるとのこと)も続々と入るとのことで楽しみです。 ホテルよりもずっと気が休まります。 YH君はスイスの妹さんの家に奥さんと一緒に行き、そこから姪二人(一人はスイス人、も一人はイギリス留学中)を連れて、電車でイタリア旅行を楽しんできました。 ミラノがとても良かったとの事です。  パルドゥビッツェの BATA 靴店でセールをやっていたので、気に入ったカジュアル靴を1足買いました。  999 Kc です。 ビブラム底で、表はシックなこげ茶のスエードのウィングチップです。 日本で買ったら 15,000円位か。 ドボルジャコバさんに安いと言ったら怒られました。 こちらではこの様な値段の靴でも高価な商品なのだと。 他の人達は足の幅が合わないと言っていますが私にはぴったりです。 これを履きなれたらもう少し違う靴を買って見ようと考えています。 

 

中学校の同級生から年賀状をもらったとのこと。 お互い年を取ると昔のことが本当に大切になるのです。 これは子供を育てることや家事に忙しくて、他の事を余り考える余裕のない主婦よりも、外でいろいろと嫌な事に遭遇したり、家の中での立場が弱くなってくる男の方が早くそういう気分になるようです。 近いところにいるのだから、これを機会に同窓会でも企画したらいかがですか。 そちらにいればお手伝いも出来るのに(また余計なお世話の虫が)。 昔の事は忘れない。 昔の友はうらぎら(れ:受け身の「れ」ではなく可能の「れ」)ない。 昔の事はみんな美しく楽しい。 みんな過ぎてしまった事だから。大切にしてください。  

 

Kuさん (*アメリカ・フレデリックの隣人の日本人) の件。 うーんアメリカだな。 日本では新しい母と呼ばれる人も、かの国では単に父の新しい妻なのだ。 父と子の関係がいろいろと難しくなり、これからは大変なのか、それともアメリカではどうという事はないのか?  それしても、Kuさんは当分自分とHa君で生活費を稼ぎ出して行かなくてはならないから大変だ。 一人でないから日本に戻る事はできないし、おそらくそんなこと考えてもいないだろう。 子供達はアメリカこそが自分の故国だし、ここでこそ将来があるのだから。 Kuさんのお父さん (*逗子在住・男寡) はさぞ心痛だろうと思いますが。 二人の子供が独立したら(高校を出るまでか、いややはり大学までは親が?)あとはどうにでもなるのでしょうから、もう少しの苦労でしょう。 Kuさんは私達が大変世話になったフレデリックの最初の日本人でもあるし、私達より日本的なように思えますから、(ボブはもうどうでもよいけれど、と、いってもHa君と?の父親ではあるが)Kuさんとのお付き合いを続けるようにしよう。 

 

(*PMPの) Iwさんにはこちらから電話します。  かかってきたらそう伝えてください。

  

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