トップ > チェコ便り

 分水嶺ドットJP

チェコ便り

23 2日(月)

長い長い3日間

24 3日(火)

あけましておめでとう!!

25 4日(水)

愛息子のC君よりDADDYへ

26 5日(木)

有意義な一日

27 6日(金)

今日は寒い!!

28 7日(土)

土曜日も事務所

29 8日(日)

結局またプラハへ

30 9日(月)

ボヘミアングラスの事

31 10日(火)

雪が少し

32 11日(水)

Aの誕生日 20歳

33 12日(木)

日が長くなり始めた

34 13日(金)

あしたはセンター!!!!!!!!

35 15日(日)

まずは一つ終わったな

36 16日(月)

MLK Day

37 17日(火)

神戸の地震

38 18日(水)

地震から2日目

39 19日(木)

姉さんへ地震見舞いメール

40 20日(金)

RE:地震のお見舞い

41 21日(土)

また出費!

42 22日(日)

雨の日曜日

43 23日(月)

模試が返ってきた!!!

44 24日(火)

原付免許

45 25日(水)

風邪をひいたかな

46 26日(木)

車・免許

47 27日(金)

フィルムが届いた

48 28日(土)

明日はプラハ観光ガイド

49 29日(日)

ローストビーフ鎌倉山

50 30日(月)

帯広は大雪の模様

51 31日(火)

忘れていた一輪ざしのお礼

 

 

これは私が 1994年12月7日から1995年4月3日までの約4か月間、チェコの火力発電所の排煙脱硫装置建設プロジェクトの応援のために、パルドゥビツェ (Pardubice) という町に出張駐在した時に家族とやりとりした電子メールの記録です。

 

毎日毎日、生活のこと、チェコのこと、仕事のこと、そして、家族からは、日本でのことなどの情報を互いに交換したものです。 文章は多量なので、日本を出発した日から順に掲載しています。 波乱万丈の駐在生活でしたので、お楽しみいただけると思います。

 

当時はインターネットはまだ普及しておらず、私自身はインターネットの電子メールは使えたものの、家族間の電子メールはパソコン通信 「ニフティサーブ」 を利用していました。 海外からのニフティサーブへのアクセスは TYMNET という国際通信ネットワークのアクセスポイントに電話回線で接続していました。

 

登場人物の個人名はすべてイニシャルで表示し私の家族は次の通りです。 発信者ごとに文面を色分けしています。 家族はいずれもパソコンの扱いには慣れていました。 私の母も同居していました。

 

T : 私

M : 妻

A : 長女 (当時 帯広畜産大学 2年生)

K : 長男 (当時 神奈川県立高校 3年生)

C : 次男 (当時 神奈川県立高校 1年生)

 

家族以外の人とのやり取りはこの色で表しました。