チェコ便り

No.7

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1994年12月

7日(水) 成田空港から・機中
8日(木) ホテル到着・お疲れ様
9日(金) 第3日目
10日(土) チェコレストラン、プールなど
11日(日) 今日はプラハで最高 >^_^<
12日(月) 健康的な生活
13日(火) チェコ語のこと
14日(水) 今夜は共同自炊です
15日(木) 東京ゾリステンもいいですよ。
17日(土) これからプラハへ出かけます
18日(日) 今、プラハから帰ったところ
19日(月) 午後9時にファックス送ります
21日(水) 特に変わったことはないけれど
22日(木) みんなでパーティー!
23日(金) 静かなクリスマス前々日
24日(土) 日本がおかしい!!
25日(日) プラハのクリスマス
26日(月) プラハのクリスマス翌日
27日(火) やっと雪が降ったよ
28日(水) チェコの歌を歌う
29日(木) アパートに移ります
30日(金) 閑散とした事務所

  

 

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1994年12月13日(火)

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チェコ語のこと


FROM:Miy (*会社の同僚・一昨日のメール参照)

Date: Tue, 13 Dec 1994 07:19:22 +0900

題名:Hello!

 

(*このメールはインターネットの電子メール)

 

お手紙ありがとうございます。 インターネットアドレスの方はちょうど折悪しくアクセスポイント(横浜)の回線増設時に当たってしまったようです。 1日か2日ですんだのですが、べっこうあめ(*Miyさんのインターネットサービスプロバイダ) の外に出ていけない状態でした。 今はもう大丈夫です。 インターネットは確かに便利ですが、まだまだプロバイダーのサービスなど安定しないところがあります(もっとも、安定してしまったらパソコン通信なんて蹴飛ばされて しまうかもしれませんが)。 あとは世界中にアクセスポイントを持つプロバイダーが あれば言うことなしですね。  インターネットマガジンに載っていたのですが、チェコでは電子メールで新聞購読の申し込みもできるのだそうですね。 たしかプラハポストとか言う名前だったと思います。 日本よりよっぽど進んでますね。 日本の新聞なんて、インターネットの利用に頭を使えるのかしら。  それではまたお便りします。 お体に気をつけて。

 


FROM:M

94/12/13 21:31

題名:お知らせ。

 

夕方、Harさん(義姉・Mの兄の妻)から連絡があって、コンピューターが届いたそうです。兄が出張中なので荷ほどきは帰ってからだそうです。 Tさん(*私のこと)によろしく...とのこと。  

 

 K(*長男)から...

 

今ご報告する事は期末試験の事しかありませんので、おもしろくないでしょ う。 結果は、まあまあなのでこの分だと1学期よりは悪いかな? センター、私立の願書が揃いました。 気合を入れたいところです。

 

(M.記) C(*次男)は遠足で、スケートに行って来ました。 試験も終わり、野球の練習も筋トレと走り込みのみで気合が入りません。 勉強不足で試験の結果も知れたものです。  インターネットの請求が有り(¥16、243)を今日入金しました。 Tさんの口座にも10万円ほど、入金してあります。  それでは、本日はお知らせのみ。      

 

Have a nice day!!

 


TO:MとA

SUB:チェコ語のこと

 

チェコ語はスラブ語圏に含まれて、なじみの英語やドイツ語などのラテン語系の言葉と共通な部分がありません。 このために町での生活が大変不便で、それに輪をかけるのが、チェコの人々の愛想のないことです。 いわゆる人に良い顔をするという事がどうもこの国では長い間悪い事と教わってきたのか、ソ連の横暴から民族を守るための知恵でそうなってしまったのか、本当に悪気がないことは分かっているのですが、そのぶっきらぼうぶりと、知らん振りの態度が少し癪にさわります。  こちらが外国人で、チェコの言葉が分からないから、身振り手振りでこちらの意志を伝えようと努力するのだが、先方はチェコ語でぐじゃぐじゃ、と言うばかりで、ちっともこちらとコミュニケーションしようと努力しません。 結局挙げ句の果てにこちらが根をあげて、コミュニケーションをあきらめるのを待っているかのようにすら感じます。  このパルドゥビッツェがまだまだ国際化には縁のない中都市であることなのでしょうか。 もっと田舎に行ったらもっと外部の人に親切になるのか知らん。  さて、今日もまた、事務所の人達(チェコ人の若い女性も例のYH君 (*このプロジェクトの責任者) の剣幕におどおどしながらやはりまだ残っています)よりも早く退社して、一人で町のいいレストランで食事をしようと何軒かの「いい」レストランに入ったのですが、みんな断られてしまいました。 断られる理由が良く分からず、少し残念で、仕方がないから、ホテルのレストランにしました。  

 

どういうわけか、YH、IT (*副責任者) 両君とも事務所でのチェコ人への対応が極めて乱暴で威圧的なのが気になります。 まあ私や他のJ社(*私たちの会社) のエンジニアが紳士的に丁寧に接しているから、これが日本人全体の態度と誤解される事はないと思うけれど、両人は英語ではどうしてあんな醜い態度になるのだろう。 この若い女性は可哀想にびくびくして、いつ泣き出してもおかしくないようなそんな感じです。 さいわい中年の男のチェコ人のエンジニアが横にいるからいいものの、その人も今週から現場に移ってしまいます。 なにか命令した後に日本語で『どうしようもねえなあ、こいつら』などと言っていますが、きっと雰囲気からチェコの人にも分かってしまっていることでしょう。 また、同時に例の『日本人の馬鹿笑い』も気になります。)  ホテルのレストランではドイツ語のメニューがあって持ってきてもらうものの、これも良く分からず、何が出てくるか分かりません。 HOTEL'S SPECIAL を順番に注文することとして、今日は2回目で ドイツ語で Putan とありましたが、なんでしょうねえ?  もしかしたらここの名物と言われる Frog leg だったかも知れない。  ドイツ語の辞書がないからそちらで調べて連絡してください。  これではいけないのでチェコ語のメニューを卓に持ってきてもらい、Ceska-Angliska 辞典を片手に、メニューの解読に2時間かけました。 それでも今日食べた物が何であるかまだ、わかりません。  今日の昼食は町の立ち食いビュッフェで大変おいしいパンとこれも抜群においしいゆでたフランクフルトで 11 Kc(39円)。 一方夕食は上に書いたもので(ビールとコーヒーも)185 Kc。 少し差が有りすぎて反省しています。 夕食をもっと簡単にするべきでしょう。 朝は出勤途中に甘いパンを買って事務所で食べました(2個で17円)。  日曜日のプラハの写真ができました。 しかし色が今一つです。 驚いた事にネガがくるくると巻いたままで戻されました。 ネガカバーが有料であることは理解できるので、それでは「ネガカバーを売ってください」、とお願いしたら、「その様な物はない」、とのことで取り付く島もない対応です。 こんなことでこの国はよいのでしょうか、それとも私達日本人がおかしくなってしまっているのでしょうか。 一度、賢明なFu君(*Kの高校の同級生・物知り)の意見を聞いてみてください。 若い時に違う国、違う土地を訪れて、その場所のありさまを自分の目と耳で経験する事の大切さを実感します。 是非、大学の時に、貧乏旅行をすることを勧めます。 (パック旅行ではだめです。なにも分かりません。)  

 

アメリカのベンダー(*下請け業者)のエンジニアが二人、はるばるフィラデルフィアから事務所に来ました。 チェコ人とはまるで違うことはあたりまえですが、うちの両人はこのアメリカ人の気さくさをいいことに、この二人に盛んにチェコ人の悪口を吹聴しています。 嗚呼。  上の(*事務所で働いている中年の)チェコ人のエンジニアは私にだけは Sir をつけます。 歳のせいか、もしかしたら私はやはり紳士なのだろうか。 それとも両人がひどすぎるからか。

 

O家(*Mの実家・義兄の家)のデル (パソコン) は、はたして動いたかな。 情報をお願いします。  耳栓を一つ紛失してしまい、困っています。 郵便で送ってください。 送り先住所は追って連絡します。 (*洗濯紐の)吸盤がもう一つ出てきました。 どうも部屋の床に落としたのに気が付かなかったみたいで、帰ったら部屋の机の上において有りました。 解決。  今日は客先にいって打合せをしましたが、「専門家」が助っ人にやってきたというスタンスがうまく先方に認識されたみたいで、先ずは安心です。 YH、ITの両人も、私の参画を喜んでくれているみたいです。 本職のプロジェクト工程管理のための専門的なコンピュータプログラムを自由に使い、他の人よりずっと効率的に仕事ができて、やはりやっていてよかったと実感しています。  それでは、11時過ぎたので、これを送って寝ます。

 

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