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慶応1次試験問題
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SUB:慶応1次試験問題
1月17日(金)
そちらは既に今週の仕事が終り、きっといい金曜日の夜を過ごしていることと思います。
私の仕事もあとひといきというところまでこぎつけ、今月末には一応の区切りがつきます。 ただ、そのあと少しの間は、引き継ぎなどが必要です。
さて、英語問題。 今のところ辞書は見ていません。 また、回答も分かりません。 これに該当する単語で思い付く物を列記します。
APPLE, AMPLE, AISLE,(発音構成が同じ単語しか思い付かない)
決して易しい問題ではないです(自分ができないからそういうのでもないが)。 高校性の英語単語の能力は普通の私達より高い(但し使えるかどうかは別)ようですね。
イラクのクウェート侵攻が1989年ではないのですか。 私くらいの年になると、最近の出来事が一体何年にあったのかさっぱり頭に入らない。 もちろん、若い時に覚えた第2次大戦(特に太平洋戦争)に絡む基本的な年とか、自分が会社に入った前後の出来事の年とかは、結構頭にこびりついているのだが。 子供の生年ですら、Aが「区切りの良い(20
3/4 Century)」1975年と覚え、KはAが早生まれの2年違いだから、翌1976年、Cがそれから2年違いの1978年と言う具合の覚え方です。 従ってAの生年を忘れると、他の二人の生年も出てきません。............というように、年をとると脳の構造が変わってしまうのです。 若い間に出来るだけたくさんの知識を吸収しておくことがどれだけ大切か分かってもらえたかな。 平成の前は現代史上では、昭和という唯一の日本年号しかなかったので、(19)25年違いの換算で処理できたが、今はそれも不可能。 私には平成年号は、全く無意味、無価値になってしまった。
クウェート問題の正解はこれではなかったかな。 クウェートがイラクに侵攻したのではないし。 イランが侵攻したのでもないし。 「慶応の教授が気が付かないのは意外」とあるが記憶力、注意力は年とともに減衰するから、「意外」ではなく、そんなものだと考えたほうが無難。 さて、私のとんでもない思い違い、思い込みがあるかな?
さて、きのうHiさん
(*来所した副本部長)
との立ち話によると、彼の今回の出張の本当の目的は、私のKNさん
(*私の上司・同じく副本部長) への報告がもとになっているとのこと。 納得。 会食では隣同士に座り、仕事以外の話しで、すっかり意気投合してしまいました。 音楽の話し、外国語の話し、異国文化の話し、などなど。
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今、事務所で
Hiさんと私だけの公式のヒヤリングを終えました。 1時間以上も。 改めてプロジェクトの問題、個人の問題、さらに原子力本部の問題など、メモを用意して、思うとおりに伝えました。
肩の荷が降りたような、すっきりした気分です。 しかるべき立場で、こちらの考えを誤解なく伝える事ができた初めての人です。 KNさんの心遣いに感謝。 1時間以上も話していたから、YH君
(*このプロジェクトの責任者) は大いに気にしている事だろう。
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新しい単語はまだ思い付かない。 辞書も見るのも癪だし、まあ、Kから正解を知らせてもらう事にしよう。
Dobrou
noc.
FROM:M
95/02/17
19:54
題名:2月17日
えー正解は、AMPLE
です(多分)。
それから、クウェートの件は年号です。 正しくは1990年(アメリカから帰って来た年)です。 普通は年号などはたいしたことではないのですが、あの辺は、
| 1989年 |
6月 |
天安門事件 |
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10月 |
東ドイツの政変 |
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11月 |
ベルリンの壁崩壊 |
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ハンガリー、チェコスロヴァキア、ブルガリア等の政変 |
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12月 |
マルタ会談(冷戦終結) |
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ルーマニアでチャウシェスク処刑 |
| 1990年 |
3月 |
ゴルバチョフ大統領就任 |
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|
バルト3国独立宣言 |
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8月 |
イラク、クウェートへ進攻 |
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10月 |
東西ドイツ統一 |
| 1991年 |
1月 |
湾岸戦争 |
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6月 |
ユーゴスラヴィア内戦開始 |
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|
コメコン解散 |
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7月 |
ワルシャワ条約機構解散 |
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|
戦略兵器削減条約(START)調印 |
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8月 |
ソ連保守派クーデタ |
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12月 |
ソ連崩壊 |
などなど、1ヶ月単位で世界の様子が変化していったので、1年違うと歴史の様子が変わってしまう、ということです(世界史の参考書には、数百年から千年単位の激動、と書いてあった)
K.
今日、「世界」と「あいまいな日本の私」を
AIRMAIL で送りました。 これから又Y子ちゃん
(*同じマンションの娘さん)
が来る事になっているので取り合えず書けた分から、送る事にします。 TMさん
(*同じマンションの奥さん Y子さんの母) が又熱を出しています。 本当に今年の風邪は手強いようです。 Harさん(*Mの兄の妻)も5週間はっきりしない体調だったそうで、今年の私のこの元気さは、なんなのでしょうか? よく手を洗う事、うがいを必ずする事、気を張る事(?)でしょうか?
時間があったら、続きを入れます。
M.
FROM:M
95/02/17
21:09
題名:17日その2
まだY子ちゃんが来ないので、続きです。
Tさんの仕事が今月で区切りが付くようですが、帰国するのもそんなに遅くないという事かしら?
Tさんがチェコに行って以来のメールの交換は、Kの父親にたいするイメージを随分変えたようです。 先ず、Tさんが文才があることに非常に驚いたようで、また色々と知識が豊富である事(知識の質と量で文章が変わってくる)、自分の仕事のやり方に対して自信をもっていることを強く感じ取っているらしいです。 ですから、今回の離れて暮らしている経験は、私達家族にとってはとても有意義な事なのです。 たまたま、その間に重要な大学入試というものがあり、いろんな事を考える良い機会を与えられて、かなりむづかしい本も読んで、K自身も随分と大人になったように思われます。 最近では、息子二人で母である私にたいしても、何かと感じている事(批判)を言ったりしますが、もっと本気でゆっくりと聞いてみたい気がします。 Tさんがいないので、私はかなりリラックスしている(?)と自分でも思っていますが.....
先月の給料明細が送られて来た時に、同封されていた「国民年金」の事で、会社に書類を書き込んでもらう欄がありますので、来週、花瓶を取りに行きがてら、行ってくるつもりです。 但し来週の休みは、中央の合格発表の電子メールを受け取る役目がありますので、それが済んでからということになります。
今日留守中に、茅ヶ崎のお兄さん(*私の兄 いすゞ自動車の南アフリカ所長だったが、現地の交通事故で意識不明の危篤状態で日本に緊急搬送され東京の病院に入院中)の家の事で、不動産屋(らしい)から電話があったそうです。 留守で良く分からない...と答えると、夜にでもまた連絡する...と言ったそうです。 M子さん(*兄の妻)に電話して、そちらの電話番号を知らせてもよいか聞こうと掛けたのですが、病院に行ってまだ帰宅しておらず、M子ちゃん(*姪・兄の長女)が非常に明るい声で応対しました。 どこからあんなに明るい応対が出来るのか、不思議です。 取り合えず、もう一度私の方から連絡する事にして、お兄さんの様子を聞きました。 まだ、人の区別は出来ないけれど、目で追うようなしぐさをするようで、少しは病状が良くなって来ているのでしょうか?
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今、もう一度電話して、M子さんと話しました。 不動産屋の件は解決しました。 M子さんは毎日病院通いをしているそうです。 お兄さんは話したそうにするのだが口が巧く聞けないという状態だそうです。 (*M子さんが病院に来るのを)待っているのでは...と思い毎日行っていると話していました。
今日で阪神淡路大震災が起きてから、1ヶ月を迎えました。 TV各局特別番組です。
ニュースステーションも、特番です。
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