チェコ便り

No.70

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1995年02月

1日(水) 事務所内の風景
2日(木) 日揮の電子フォーラム
3日(金) 街路樹が一斉に芽吹き始めた
4日(土) 何もないが
5日(日) 「生協」で食べました
6日(月) 今日も寒かった!!
7日(火) パルドゥビッツェ・フィルハーモニー
8日(水) ボヘミアグラス買ってきました。
9日(木) グラスはだめ?
10日(金) 食パン
11日(土) スタートライン
12日(日) 本日本番初日
13日(月) へそ曲りの戯言
14日(火) テレマン協会と夙川教会
15日(水) テレマン協会と夙川教会(返答)
16日(木) 副本部長のHiさんが来た
17日(金) 慶応1次試験問題
18日(土) こちらからクイズ
19日(日) TEXT放送
20日(月) 慶応1次発表
21日(火) 美しいソプラノ
22日(水) 素晴らしい花瓶
23日(木) 一時帰国予定
24日(金) スメタナ
25日(土) とりあえず、合格!!
26日(日) インターネットの事
27日(月) チケット入手
28日(火) 明日は卒業式

  

 

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1995年2月19日(日)

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更新

TEXT放送


TO:M&A

SUB:TEXT放送

2月19日(日)

 

今日は日曜日で、早く6時半に起きたが、プラハに例の土産だけを買いに行くのも面倒だし、洗濯もしなくてはならないから、1日アパートで過ごす事にした。  テレビを見ていると英語がまだまだと言うのが良く分かるから、きょうは徹底的に CNN に集中することにする。 また、文字放送で、内容を目で確認できるから便利。  日本でも各テレビ局が文字放送をやっているようだから、チェックして見てください。 CATV とか衛星放送など、情報伝達速度の早い方法でしか出来ないのかもの知れないが、日本テレビやテレビ朝日などでも提供していると聞くから、一体どのようなシステムになっているのだろうかと疑問に感じている。 こちらのリモコンには文字放送 (TEXT) のボタンがついていて、次から次と情報が得られる。 CNN でもよく宣伝しているから、これはヨーロッパだけでなく全世界共通の仕組みらしい。 ほとんどすべての局が TEXT 放送を併設している。 それぞれの内容は

 

CNN TEXT は: 

 

News 101

---------Headlines

102      
CNN TV Guide 200   Lateset 103      
Hotel Guide 300   Newsround 119      
Travel/Weather 400   European Press  160

---------The Guardian

161
Sport  500         Dagens Nyheter 162
Business 600         Dagbladet 164
Finance 700         Helsingen Sanomat 166

 

というように階層になったメニューで、全体に3桁の数字で詳細な内容にアクセスできる。 丁度ニフティのフォーラムや掲示板と同じように。 

 

Eurosports は:表示言語を選んでから、各メニューに入る。 

 

Sport Result 107
Winners 173, 174, 190
Deutsche 200
English 300

---Monday-Sunday

310-370 This Week's Highlight 301
Netherland 400  Czech 307
Technical Info 590

 

107 Result には次のメニューが出る。  

 

Tennis 108
Fomula-1 111
European Cups 112-114
Motorcycling 115
Indycar 116
Golf 117
Alpine Skiing 118-120
Football National Championships 130-162
Euro '96 Qualifying Matches 163-165

 

 各3桁の数字で表される画面は25行X40字、すなわち日本のパソコンと同じフォーマットで1ページから3ページの情報が含まれる。  リモコンには文字放送と通常放送との切り替えボタン。 4つに色分けされたショートカット(あるメニューに直接いくための)ボタン。  番号を早く選ぶためのボタン。  それに通常の 0 から 9 までのボタン。  2秒以内に押した3桁迄の数字が自分が選んだ番号になる。 これはチャンネル選択も同じ。  この文字放送システム(リモコンのボタンの決まりも)はきっと世界標準だから、日本の抵抗は強い(各社がそれぞれ別々に勝手にやっているし、この分野は郵政省が既得権益としてやっている)だろうが、近い将来標準パソコン(IBM AT 互換機)と同様、結局は日本にも導入されるだろう。 私のような「新しい物好き」でも日本ではこれを知らなかったということは、日本はこの分野でも貿易障壁があって、鎖国されており、その結果情報が一般の人に届かないのだと思う。**

  

** 2017年8月、1995年当時のメール転載しているが、テレビがディジタル化し、インターネットがこれほどまで普及するとは、当時一般にはまだ予測されていなかったことが分かる。

 

.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○

 

さて、洗濯も済んだ。 Eurosport では富良野の World Cup は放送がない。 これも放送権の関係か。 大回転は霧で延期とのこと。  日本の新聞では World Cup の複合で荻原が良い成績と報道されているが、CNN も Eurosport でも報道されない。 やはり、複合はマイナーなのか。 しかし、純ジャンプで2位につけている岡部の活躍はよく報道されている。 オカビーと。  今、イタリアの Anterselva でのバイアスロンの世界選手権の実況中継。 男子リレーの第2走者で日本は真ん中くらい。 それでもヨーロッパ以外の唯一の出場、アメリカもカナダも出ていない。

 


TO:M&A

SUB:追加

 

アイルランドとイギリスの紛争の歴史はK (*長男) が書いている通りだろうけれど、現在 IRA のテロ活動など、今、イギリスが抱える最大の民族、宗教、政治問題です。 ですからKの「おそらく今でもアイルランド人の反英感情には強いものがあるのでしょう。」どころでなく、両国が、今もなお、いや、今だからこそ、悩みに悩んでいる人間の紛争なのだと思います。

 

問題:現代の次の世界各地の紛争をその背景・原因を含めて説明しなさい。

 

ロシア/チェチェン共和国

ボスニアヘルツェゴビナ

パレスチナ

ペルー/エクアドル

アイルランド

 

などなど  なお、先週末のレストランでの音楽グループはアメリカのカントリーウェスタンで間違いありません。 ジプシーのことについては私の知識不足で、議論についていけません。 東ボヘミアがその発進地であることはよく聞きますが。

 


FROM:M

95/02/19 21:16 

題名:第3日曜日 

 

Aちゃん (*長女・帯広) へ荷物を送りました。 午前中横浜へ出かけて30分で髪を切って、月餅を買って帰ってきました。 箱を小さいものにしたら、余りいれられなかったけど、宅急便は送りました。 中は期待しないでね! そうそう、例のお年玉で当たったリンゴジュースは期待していいわよ。 お正月に買ったワインを飲む機会がぜんぜん無くて、3本も置いてあるので1本入れようと思ったら、箱が小さくてだめでした。 次回に入れましょうか? あと、蜂蜜を入れましたが、それはアカシアの蜂蜜で、とても美味しいものです。 ハニーレモンを作ったら本当にくせが無くて良かったです、ぜひお試しあれ!! K (*長男) はもっぱらパンに付けて食べていますけど..... 

 

試験が終わってからKが落ち着かなくなっています。 明日、慶応の1次発表があるので、それのせいでしょうね。 結局電子メールを待つ事にしたのですが、来るのは、夕方か翌日という事になっています。 試験後日にちが経つほどに、小論の出来が良くなかったように思えてしようが無いそうです。 もう済んだのだから、考えても仕方が無いよ! と言っても本人にしたら、分かっていても無理のようで、まだ残りの本命があるのに、困っています。 

 

C (*次男) は、野球の練習に行く前に、ゴーグルがないとヴィクトリアへ買い物に言ったそうです。 今探したら、バッグの中にあったのですけどね。 As君(*野球部の仲間)が何も持っていないので、貸してあげるから無駄にはならないけれど。 今、一生懸命ワックスをかけています。 Cが買ったのはスプレー式のものです。  ”NC様御一行” は明日の夜行バスで行きます。 21日は1日充分滑って(多分ナイターも出来るはず)又夜行で帰ってきます。 明日は、入試前で半日授業で21、22日が休みという結構なスケジュールです。 22日朝帰宅してからゆっくり休めるんですから。 行くからには楽しんできてもらいましょう。 

 

Aちゃんはもう試験始まっているのかしら? 今夜電話でもしようかな。 ちゃんと食べてる? 一人だと本当に食べる事するのも面倒になるから、Tさんもそうだけど、まめにやってくださいね。 私だって、みんなのために作らなくては...という義務感がなくなったら、もっと手抜きになってしまうでしょうネ。 今でも、たまに手抜きする事あるけど。 Kは何を作っても文句をいわないから楽ですが... 今日のお昼はキノコのスパ ゲティーを作ったらすごく美味しかった!! Tさん (*私のこと) もたまには、スパゲティーでも食べてみたら? ベーコンとタマネギ、ピーマンを炒めて塩味で、茹でたスパゲティーをあえるだけ、みんなも頑張って!!

 


FROM:M

95/02/20 00:10

題名:Kより 

 

明日、慶応の発表でなかなか落ち着かないので答えを書きましょう。

 

1)ロシア/チェチェン問題について 

 

17世紀後半、ピョートル大帝はオスマン=トルコへの圧迫を強め、アゾフ海へ進出した。 19世紀には、アレクサンドル1世が、中央アジアのヒヴァ、ボハラ、コーカンドの3ハン国を支配し、ロシア領とした。今世紀に入り、ロシア革命後ボリシェヴィキ政府は、平和に関する布告で民族自決を唱えたが、レーニンの死後グルジア出身のスターリンは、少数民族への支配を強めチェチェン人、イングーシ人などをロシア中央部へ強制的に移住させた。 これ以降彼らの反ロシア感情は非常に強く、現在にいたり、チェチェン共和国のドゥダエフ大統領はロシアからの一方的(とはいってもロシアも強引に併合したのだが)に独立を宣言した。 これに対してロシアは独立を認めずチェチェンに進攻し、泥沼化した。 なお、中央アジアの民族は非常に戦闘に長けていて、ゲリラ戦などは得意だそうですね。

 

(2)ボスニア問題

 

数年前までユーゴスラヴィアを構成していた地域は歴史的には15世紀以降、オスマン=トルコ領となっていた。 宗教的には、イスラム、ローマ=カトリック、ギリシア正教それぞれの信者が混在しているボスニア=ヘルツェゴヴィナの状況は非常に複雑である。 19世紀後半、オスマン=トルコの衰退に伴い、バルカン半島への欧州列強の進入が活発になった。 ロシアはパン=スラヴ主義のもと民族、宗教的に近いセルビアを支配下に治めた。 一方ゲルマン民族はパン=ゲルマン主義のもとバルカン半島に通行路を求めた。 1908年、オーストリアはボスニア=ヘルツェゴヴィナを保護国とした。 第1次世界大戦でトルコ、ドイツ、オーストリアが敗れると、バルカン諸国は自立した。 ユーゴ地域は、セルボ=クロアート=スロヴェーヌ王国として独立し、1930年ユーゴスラヴィア王国と名を変えた。 第2次世界大戦時には、イタリア、ドイツの進入を招いたが、ティトーの指導のもと、ソ連の助けを借りずに独立を守った。 戦後、社会主義をとったが、ソ連とは一線を画しティトーのもと独自の体制を取り、非同盟国としての活動を行った。 しかし、1980年ティトーが死去すると、民族問題が吹き出し始めた。 そして 1991年ユーゴは分裂し、内戦状態に入った。(それ以降はちょっとカットします。)

 

(3)パレスティナ問題

 

現在のユダヤ教徒とイスラム教徒の間の対立は今世紀になって起こったものである。 紀元前6世紀、新バビロニアによるバビロン捕囚により国を失ったユダヤ人は、以降流浪の民となった。 彼らはヨーロッパでは迫害されたが、イスラム世界では「啓典の民」として比較的温かく迎えられた。 19世紀以降ユダヤ人の間に自分達の国家を建設しようとするシオニズム運動が起き、その建設地としてパレスティナが選ばれた。 第1次世界大戦中、トルコ打倒のためにパレスティナ人の協力を取り付けたいイギリスは1915年フサイン=マクマホン協定を結び、アラブ人国家の独立の支援を約束した。 一方で、イギリスは、フランス、ロシアとの間には1916年サイクス=ピコ協定を結び、トルコ領分割を約束するという二重外交を行い、更に1917年にはユダヤ人のパレスティナ建国を認めるというバルフォア宣言を出すという三重外交を行い、ユダヤ、パレスティナの両民族の間に対立の原因を起こした。 そして、第2時世界大戦後、国連のパレスティナ分割案を欧米諸国が支持したため、1948年イスラエル建国と同時にアラブ諸国がイスラエルに進攻した。 そして現在にいたり、和平交渉が進められていますが、 このイスラエル人の様子では完全和平は相当難しいでしょう。

 

(4)ペルー/エクアドル問題

 

このことについてはあまり良く知りませんが、第2次世界大戦後に、両国の間に国境紛争が起こり、アメリカをはじめとする米州機構はその時にペルーに対して有利に取り計らって、以降両国の間には小競合いが絶えなかったとの事です。 いずれにせよ、現在の国境は18世紀頃のヨーロッパ列強(特にスペイン)の分割に原因があるのだろうと思いますが。

 

(5)北アイルランド問題

 

昨日書いたところまでだと、この問題がはっきりしませんので付け加えます。 プロテスタントが比較的多かったこの地域は、アイルランド独立後もイギリス領となっていたが一部のカトリック過激派はアイルランド共和国軍(IRA)を組織してイギリスからの独立を目指してテロ活動を活発に行った。 1972年までは北アイルランドは自治政府が政治を行っていたが、同年の公民権デモの際の流血事件以来イギリス政府の直接統治下に置かれている。 サッチャー前首相もよくテロの標的となったが、1993年のイギリス、アイルランド両政府間の合意に基づいて1994年IRAはテロの終結を宣言した。 

 

と言うわけで、世界史の知識を駆使して考えてみました。 まあ、入試の練習と思って書きました。 

 

K

 

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